空き家活用は地域再生だ―! 不動産投資のプロに聞く「ワクワク」の作り方
最近、よく耳にする「不動産投資」。この言葉自体は目新しいものではないのですが、特にマイナス金利政策の影響や老後の資金への不安などから、ここ数年、若い世代の投資家も増えているようです。今の不動産投資は、大きく分けて2通り。「新築のマンションやアパート物件を買う」「空き家を買ってリノベーションする」。どちらも家賃収入を得るというストーリーは共通ですが、どちらに夢やワクワクを感じられるか―? 1軒の空き家再生から不動産投資、ホテル運営事業の道を広げた、株式会社グローバルリゾートレジデンスの中道崇志さんに話を聞きました。
中道 崇志(なかみち たかし)さん
株式会社グローバルリゾートレジデンス 代表取締役
1980年広島県生まれ。母校でもある山陽高校で教員としてキャリアをスタート。同時に当時最年少の野球部監督としても活躍。2010年から個人で不動産投資を始め、2014年に法人化。2017年に5年間空き家だった物件を再生し、ホテルとしてオープン。現在では5つの施設を含むホテル(111室)を運営。また2023年5月に広島県廿日市市内にGR日本語学校を設立した。
グローバルリゾートレジデンス https://www.globalresortresidence.com
1.野球一筋から不動産業界に転身
――「不動産」の業界に携わるきっかけから教えてください
学生時代は野球に没頭していて、高校を卒業する時に恩師から「自分が監督に昇格するから、4年後は教員免許を取って右腕になってほしい」と言われたんです。野球も好きだったし、その道をたどることにして、大学では教職を取り、チームでは1年生のころから学生コーチという形で携わっていました。教員になって母校に戻ったのですが、2年目に恩師の体調が悪くなって、いきなり監督に。このまま野球と教員を続けていくんだろうなと思ってたんですけど、学校の方針と合わないなと感じ始めて、僕がこういう性格なものですから(笑)、もう「だったら辞めてやる」と3年目の途中で退職しました。
まずは働かなければ、と入社したのが地元の建設会社で。高校の先輩からの紹介でした。そこが非常におもしろい「提案型」の営業をやっていたんですね。「こういう賃貸マンションを建てたら、これだけの収益が生まれて」というのを市場調査をしながら進めるという手法でした。新たにマンションを建てたいと思う地域の現状、周囲の建物の様子や環境もとにかく調べて、いわゆるコンサルティング営業というのでしょうか。新入りですからまずは勉強するしかない。宅建の資格も取りました。
建設会社の営業は、「この土地でこういうものを建てませんか?」と大家さんに話をして回るのが仕事。営業先が不動産屋さんとなるのですが、「あそこで建て替えしようとしている人、紹介してください」…みたいな話をしに行くんです。そこで気付いたのが、皆さん暇そうだな、ということ。客を待っている訳でもなさそうで、「この仕事は何なんだろう」「なんて自由で、手広く活動できるんだろう」と。そこで、不動産屋さんになってみたいという思いが芽生えたんです。
――人生プランが思わぬところで急展開してしまった、と
建設会社で働いたことで、不動産業界のひとつの重要な要素である「(建物を)作る」という側面を学べたと思います。この経験があれば、もっとおもしろく仕事ができるかも―。その建設会社には3年半お世話になって、そこから高校の同級生が立ち上げた介護の資格の会社に転職しました。介護の仕事ではなくて、「不動産」の事業で専務として入社したんです。そこで宅建業の許可を取って、まずは仲介の事業を始めました。
仲介というのは不思議な仕事で、1億の土地に「分譲マンションを建てます」というと業者さんが3日で買ってくれるような業界。紙一枚・電話一本でその1億の3%が手に入るということですから。まぁ、すごい職業だなというのを改めて実感しました。こういった仕事に携わる中で、建設会社でやっていた利回りなどのシミュレーションを自分でもやってみたいという気持ちも芽生えてきました。そこで、個人で戸建て物件を買ってみることにしたのです。ボロボロの一軒家を150万円で購入。それを150万円かけて直して賃貸したのが、僕の不動産投資の第一弾なんです。
――外から見て「やってみたかったこと」を実現させたんですね
ちょうど30歳の時でした。この物件は築40年近くで、古いタイプの3DK。もともと買い手がつかないまま長く経っていた物件だったから、普通に貸しに出しても難しい。そこで、間取りを変えることにしました。「まだ結婚されて間もない・お子さんがまだ一人目」…という世代をターゲットにしたのです。リビングから庭への動線が作れそうだったので、人工芝を敷いて「犬も猫も、ペットは何でも可」としました。当時、ペット可物件というと普通は小型犬のみ・1匹のみというところが多くて、予想通り、すぐ入居者が決まりました。
(小さい物件ではあるけれど)自分が今までやってきた経験や視点が全部凝縮された形だったと思います。建設会社で学んだことが実践できました。それを3年持って460万円で売却しました。300万円の投資ですけど、そういう出口までひと通り、あこがれてやってみたかったこと「不動産投資」を体験できたっていう感じですね。
2.不動産投資のエンジンが加速
――「付加価値」のヒントはどこにありますか?
おそらく、タイミングも良かったんだと思います。投資を始めてすぐあとに東日本大震災があって、不動産の価格が大きく下がっている時期でした。第二弾は6500万円のアパート。その半年後に1億円のマンションを購入しました。アベノミクスもあり、融資も付きやすくなっていたことも大きかった。そこにうまく乗れたと思います。やっぱり大切なのは付加価値の付け方。建設会社時代の「習性」が大きく活きてくるのです。買おうとしている物件を中心に地図を広げて、周辺の賃貸物件の家賃や間取りなどを調べて、どこを差別化するのか考えるのです。最初の物件も「ペット複数可」が決め手。2つ目のアパートも同じ条件(ペット複数可)にしたら、14室のうち半分空いていたところ、3カ月で満室になりました。
所有しているほとんどの物件が90%以上の稼働で、やっぱりその裏側には市場やニーズとのマッチングがあるのだな、と感じています。一方で、稼働率を上げる武器を持っておくことももちろんですが、僕自身は管理の部分も気を使っていて、自分が所有する物件の入居者さんには毎年お米を配っています。これはあくまでサービスの一環なのですが、「貸しっぱなし、オーナーになって終わり」ではなくて入居者さんのニーズや要望に対して、常にコミュニケーションを取ってフォローすることも大切だと思っています。
2軒目3軒目以降、当時はどんどんとアパートを買っていて、家賃収入だけで生活できる状態になっていました。そこからしばらくして、空き家になった建設会社の寮の話が舞い込んできました。どういう風に「再生」するかという話になったのですが、ちょうど民泊という言葉が広がってきた時期。物件を調べてみると、普通のホテルや旅館などのほうが合っているかも、とイメージが浮かんだんです。そこで、6年前に自社運営のホテルの第一号としてスタートさせました。立地は宮島の対岸。近所の廃業しそうなホテルを引き継いで買い取ったり、M&Aしたりして所有物件が増えていきました。
――その間、物件を再度売りに出すということも続けていますよね
いろいろ手を掛けると愛着もわきます。ただ送り出すタイミングを間違うと在庫になってしまう。中古を買って家賃収入…となると、それをどれくらい継続するのかという判断も求められます。やっぱり出口を見失わないようにしなくては、と思うのです。愛着があって、かわいくて「持ちすぎる」と売却のタイミングを失う可能性があるのです。買い取ったものは全部きれいに改装して建物を「育てて」いるので、もっと持っていたいという気持ちはあります。ただ、家賃収入だけでリタイヤして悠々自適に過ごせるか…と考えたときに、中古物件のリスクもあるし、10年、20年経ったら大きなメンテナンスが必要になります。その時にただ普通にきれいにするだけで、また同じような家賃帯での入居者が継続的に入ってくるのか、といったら難しいかもしれません。僕の中では、セミリタイヤや満室稼働がゴールではないのです。
3.ホテルや日本語学校…空き家再生から横展開
――地域課題との掛け合わせという動きに変化した理由を教えてください
物件売却のタイミングを見極めることも必要ですが、その建物が活きる、利益を上げられる「武器」を作っていくことも重要です。空き家の再生を柱にした不動産投資は私の出発点ではあるのですが、物件の「価値」をどのように上げていくかと考えるようになりました。この先、人口が減っていく中で、空き家は増え続けています。それを地域課題と掛け合わせることで、新たな武器にできると思ったのです。
例えば、私たちが運営しているホテルは立地が大きな強みであり、この地域の「武器」になると思っています。ここは年間200万人が訪れる世界遺産の宮島の対岸。広島には平和公園もあって、国内外から多くの人が訪れる。県内に世界遺産が2つもあるなんて珍しいでしょう。でも、観光の課題は宿泊客が長く滞在しないということでした。そうした観光地以外にも海があり山があり、気候も良いから、2泊3泊して楽しめる受け皿を作りたい。空き家(空き物件)を再生することで、そういう課題や地域ニーズを拾えるのでは、という視点が生まれたのです。ただ、自分ひとりの力で動かせるものではありません。僕自身はもともと廿日市の出身ではないのですが、「よそ者」でも受け入れてもらえた。この地域で仕事をするのが「楽」というか、周りがすごく協力的でチャレンジできた。可能性のあるおもしろい土地柄だと思っています。
――空き家再生による「場」が地域課題の受け皿になっていますね
日本語学校もその延長線上にあったものです。ホテルとして稼働させている物件以外をどのように活用しようかと考えたときに、僕自身が教員をやっていたという実績と、外国人のスタッフをホテルの方で採用していた「流れ」がバチっとつながったんです。日本で働きながら日本語を習得したいというフランス人を縁があって雇ったのですが、フロントで力を発揮してくれて、かつ日本語も上達。ホテル事業での大きな戦力になったんです。ほかにはない強みを育てて、「多国籍スタッフ」が活躍するホテルに成長しました。そもそも外国人採用も、自分の中にあった偏見というかハードルが高かっただけだったんだと気付きました。
そこで、「日本で活躍しようとする外国人」と「日本から海外にはばたく日本人」のサポートを行う人材育成事業へのチャレンジもはじめました。現在は、フィリピンで日本語学校と外国語学校も運営しており、さらに、外国人技能実習生がきちんと日本で活躍できる環境を整えたいという思いから、2023年春に広島県廿日市市内で初めてとなる外国人留学生向けの日本語学校を開校しました。そして、現在進めている事業が「広島で留学体験ができる、泊まれるシェアハウス」。空き家を再生して民泊やマンスリー利用として運営するだけでなく、留学生や外国人の宿泊客との交流ができる場として活用するもの。土地柄も掛け合わせて「留学体験」をキーワードにしています。
――再生した空き家を「どう使うか?」という視点は今や不可欠です
社会人になって教員で定年を迎えるのだと思っていたので、不動産投資を始めた当初、このような展開になっているとは想像できませんでした。空き家からスタートして外国人採用に繋がるなんて意外ではあるけど、ここまで来ると、課題という「点」を「線」でつなぐのは、正直どこでもできるな、というような感覚になってきています。特定技能制度をはじめとする外国人労働者の受け入れ拡大は全国的な課題ですし、受け皿やこれについて学ぶ場を設けていくことも必要で、新たな事業が生まれました。
別の話で言うと、以前、戸建ての空き家を再生して民泊物件に転用しようとしたことがありました。当時は旅館業の許可を取っても24時間・無人で貸すことができなかったんですが、市と国土交通省に掛け合って無人対応を可能にしたんです。このようにハードルがあっても、課題やニーズに対応できるよう、僕らは再生させた空き家をうまく「使う」手法を考えて還元していく。そういう立場にあるのかなと思います。
――その取り組みの原動力になっているものは何ですか?
これまで、いろいろやってきたこととか、そこから生まれた人間関係やお付き合いがどんどん広がっていくおもしろさではないでしょうか。地域課題のかけあわせの結果が相乗効果を生んでいる。取り組みや事業の経緯、ストーリーへの「共感」が増えているのはうれしいです。社会のニーズやタイムリーな需要というのは常に変化する一方、「不動産」というハコは変わりません。それを時代に合わせてどのように再生できるのかを考えていくことが、まさに僕の「やりたいこと」に変わっていったのです。
今後、スクラップ&ビルドという考え方がなくなっていく中で、やはり建物の価値を上げることに意識が向いていくと思います。今では、県をまたいだ事業に展開しているものも増えています。コロナ禍でオンラインでの交流や発信が活発になっており、事業を進めていく中で距離はハードルにならないな、と感じています。
4.共感投資という考え方
――不動産投資ではどのようにお金を調達するのかという問題もあります
自分の投資を回収しながらお金を回せるのは理想的ですが、なかなかうまくはいきません。銀行一本に頼っていく不動産投資は、どうしても金利や貸し出し状況などにも左右されてしまうし、融資が絞られた時に対応できなくなってしまいます。数年前、個人の不動産投資家への銀行融資に関して世間を騒がせた事件がありました。今はもう銀行頼みの投資の時代ではなくなってきていると思うのです。一方で「タダでもいいからもらってほしい」という物件の話も少なくありません。そこで、「改修のためのお金をどう工面するか」ということがネックになるのです。
これまでの自分の投資の経緯を考えると、物件を育てるとか、人との関係性を厚くしていく・コミュニティを作っていくところに、やりがいやモチベーションがあったりするんです。いま取り組んでいる「共感投資ファンド」は、すごくいいスタートになるんじゃないかな。
――「ワクワク感をみんなで見ていこうよ」という再生のほうが興味が深まりますよね
事業のストーリーや将来性を個人が小口で見届けることができるクラウドファンディングのような手法は、一般の方からお金を集めるための仕組みや展望がしっかりしていないといけない。そこはすごく大変ではあるけれども、「自分の話を聞いてもらって、その共感に投資してもらう」というのは、やりがいがありますね。
投資の数字(金額)ではなくて、ストーリーや自分の考え方の点が線につながっている部分、「5年・10年経った時にはこうなっているんだ」っていうイメージを投資してくれる人、みんなに聞いてもらえる「共感投資ファンド」の手法はおもしろいなと思います。
5.自らの経験を発信する意義
――YouTubeなどSNSでも積極的に発信されています
不動産投資を考えている方からの相談を受けることも少なくないのですが、そういう方には、明るいことばかりではないということも伝えています。「僕でも融資が付きますか」というストレートな質問もあります。話を聞いて、買うべきじゃない人もいますし、そういったところも正直にお話しします。
ホテルなどの事業を見て来られる人もいますが、いきなりこれを始めたのではなく、最初の150万円の物件があって今があるんです。まずはそれを前提に話をしています。ひと昔前のような「寝ていても家賃収入がある」という時代はもう終わっています。「不動産投資」という言葉が多様になっているんです。再生案件というのは、「利回りは自分で作っていくものなのだ」という現実を皆さんに伝えていかなければと思います。時代に合わせて、そのハコ(不動産)が一番収益を生むものに再生できるように、僕自身もちゃんと柔軟性を持って、知識やノウハウを一つでも蓄積していきたい。そんな思いをSNSや動画で伝えられればと思って挑戦しています。
もちろん、投資や不動産自体の発信だけではなく、ホテルのブランド力という部分も意識しています。再生案件に関しても僕たちが全て手掛けるものばかりではなく、オーナーさんがいて運営をこちらがやるという案件もあります。「グローバルリゾートレジデンス(GR)」が手掛けるなら、と頼りにされるように自社を育てているとでも言えるでしょうか。自分もSNSなどいろいろなところに「GR」のロゴをつけて動き回っているという感じですね。そういう発信も事業で出会った人にお手伝いしてもらっています。
――「不動産」をキーワードに、次に挑戦してみたい業界はありますか?
先に話した不動産を手放す時の感覚と一緒で、例えば「その明日、漫画喫茶がホテルよりも儲かる」のであれば、そういう業態に変える柔軟性というか、決断ができる頭と判断力を持っておきたいなというのはありますよね。僕はホテルをやり始めた時から、ひと部屋ずつを区分して投資家さんに販売してとか、ハワイのタイムシェアのように部屋を週単位で区切って貸すような手法にすごく興味があったんです。ただ、やり方がわからなかったり、コロナ禍があったりしましたが、ようやく動きが作れそう、というところです。
――さて最後に、長いスパンで見て、不動産投資は今後どういう形になっていると思いますか?
今のアメリカみたいに、100年オーバーの物件でも価値が落ちない。逆に価値が上がっていくという不動産が理想です。ただ、それには耐用年数が大きく左右しますし、それに基づいて銀行が審査をしているのでなかなか融資がつかないのが現実。日本では古い物件は壊さざるを得ないというのが前提になっています。そこが崩れてくれば、他からもお金が集められる。これが当たり前になってくると、古い物件にも十分な価値が出てくると思います。今がちょうど変わり目の時期ではあると思いますが、やっぱり簡単に壊すべきではない。「空き家になったなら解体する」ではなくて、古くても再生できる物件、歴史的な建物もちゃんとすくいあげてくれるところが一つでも増えてくればいいなと思います。
今後もたくさんの不動産投資プロジェクトが控えており、順次展開していきます。
僕たちグローバルリゾートレジデンスの事業にご関心を持っていただいただいた方は、まず、今挑戦中のプロジェクト「いつでも異文化交流を。宿泊もできるシェアハウス」にご参加をいただくところからご一緒させてもらえたらと思います。ご支援・ご参加をお待ちしております!
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