地域未来創造大学校校長
一橋大学ソーシャルデータサイエンス教育推進研究センター教授
麗澤大学学長補佐(都市不動産科学研究センター長)
地域と幸福
地域の未来を創造する。
ここでいう「地域」とは、皆さん一人一人が大切にしている「空間」を意味します。つまり、人によってその定義が変わります。生活をしている場所であったり故郷であったり、仕事をしている場所であったり、愛する人や大切な友人や家族がいる場所であるかもしれません。それは、日本だけでなく、世界へとつながる空間です。大都会かもしれませんし、離島や山間部かもしれません。
それぞれの地域には、それぞれの幸福があり、そして不幸、課題があります。ロシアの文豪のレフ・トルストイは、『アンナ・カレーニナ』の冒頭で、「すべての幸福な家庭は互いに似通っているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸の趣を異にしているものである」(米川正夫訳)といっているように、地域が抱える課題には、それぞれに異にするものです。そのため、それぞれの地域の中にある不幸を打ち消す処方箋を打ち出すことは、とても難しいことです。
私自身が不動産に係る研究と教育に携わるようになり、30年以上が過ぎようとしています。日本だけでなく、香港、シンガポール、カナダ、米国の大学で不動産研究・不動産教育をする中で、様々な国籍の教え子と出会ってきました。そして、幸福な時間を過ごすこともあれば、私自身のまたは教え子たちの不幸と向き合うこともありました。教え子の出身国には、バングラディシュのような貧困に苦しむ国や、シリアのような紛争地域に位置する国もありました。日本には存在しない困難がそれらの国にはありました。
そのような中で、それぞれの地域にある不幸と向き合い、その課題を乗り越えて未来を創ることができる処方箋の作り出すための研究を一層進化させるとともに、実践できる人材を育成したいという想いが強くなってきました。
地域と不動産
地域課題と不動産は密接な関係があります。住宅は私たちの日常生活における幸福のおおよそ四分の一から三分の一の比率で関わっています。私たちは、おいしいものを食べたときに、快適で素敵な服を着たときに幸せを感じるように、家からも大きな幸せを享受しています。そのために金銭的な対価を支払っているわけですが、住宅の費用は、どの国でも最も大きなウェイトを占めているのです。地域と不動産に関わる問題の解決は、社会全体の幸福の増進につながるといっても過言ではありません。地域未来創造大学校では、「不動産」というものを中心に置くことにしました。
テクノロジーの進化は人間を幸福にする
私たちの幸福の増進に、また、課題解決に、「テクノロジー」の進化は大きな貢献をしてきました。ここでいうテクノロジーとは、様々な技術を総称しています。私が研究をしているAI・人工知能や機械学習といったものだけでなく、人間が開発してきたすべての技術を含みます。
不動産の研究を始めた1990年代初頭は、不動産バブルの崩壊により、日本の都市が壊れ始めた時期でした。そのような中では、「中心市街地活性化」やバブル前から計画されていた大規模開発の見直しなどに参加し、官民連携開発の枠組み作りや合意形成メカニズムの解明と制度設計など、多くの新しい技術開発に関わってきました。その後に発生した阪神淡路大震災後においては、復興事業に参加し、被災された方々や地権者の方々と夜通し議論をしたことも昨日のように思い出されます。そのような中で、復興都市計画事業の技術開発(復興区画整理事業)や被災マンションの建て替えなどの事業に参画する機会をいただきました。ここで開発されたさまざまな都市計画・街づくり技術は、後の都市計画や東日本大震災の復興事業へと引き継がれていきました。
併せて、1990年代の中ごろからは、マクロ的な不動産需要が停滞する中で、不動産の証券化という技術開発に関わりました。不動産の証券化技術は、当時停滞する不動産市場を活性化する大きな起爆剤となり、バブル崩壊や大震災後の不動産市場に発生していた問題を解決する一つの処方箋になったものと思います。そして、2000年代に入ってからは、日本版不動産投資信託と呼ばれたJリートの上場や複数のリートの立ち上げなど、不動産証券化実務を通して、不動産市場に流入する資金のイノベーションを起こすことに参加できたと思っています。つまり、証券化システムができるまでは参入ができなかった個人資金や海外の資金を流入させるといった不動産金融面でのイノベーションが起こったわけです。このような技術が、クラウドファンディングなどへと引き継がれていきました。
もちろん、私の専門分野であるビッグデータ解析の技術やAIなどの技術も、単なる数理的な発達だけでなく、コンピュテーション技術の飛躍的な向上やビックデータの整備も重なり、近年において大きな進歩を遂げています。不動産市場では、インスペクション技術やリノベーション技術なども進化し、普及が始まってきています。
私が不動産研究に参加した30年前から、多くのテクノロジーが開発され、社会制度としても法改正等を通じて実行可能な環境整備は整ってきていると言えるでしょう。加えて、新しい課題が次々と登場する中で、地域ごとに新しいテクノロジーの開発が行われています。
地域未来創造大学校では、従来に開発された技術の習得と国内外で開発されている最新の技術の収集・共有、そして、新しい技術開発をしていくことを目標としています。
入学条件: 高い志と実践する力
今、日本は、人口減少・高齢化という共通の課題に直面しています。人類が歴史を刻み始めて2020年が過ぎましたが、どの歴史にも刻まれていない速度で高齢化が進み、多くの地域で人口減少にも直面しています。そのような中で、今まで人類が経験したことがない課題と向き合うことを余儀なくされていますし、これからの予想しないような難題が突き付けられるかもしれません。中心市街地活性化と呼ばれた問題は、都市中心の一部の商店街で発生していた問題ですが、国土全体で、そしてすべての国民が共通に直面する問題へと発展しようとしています。
このような問題への対応は、中央の官僚や私たち大学研究者、そして少数の専門家で処方箋を見出し、対応策を提示できるような簡単な問題ではありません。一方で、大学や大学院での教育がないとできないような問題でもありません。むしろ、そのような知識が邪魔になることもあるでしょう。必要なのは、高い志と実践する力です。私は、三人の恩師から多くのことを学び、研究者として、教育者として育てていただきました。ある恩師からは、次の教えをいただきました。
「志を持ち、それを忘れずに、常にそこに戻ること」。ここでいう「志」というのは、「倫理」―Public ServiceまたはEthic-と言い換えることができるそうです。高い志を持ち、その実現を目指すということは、何をなすべきか社会の視点からまず考えること、自らの地位や名誉はその次に置くことが大切だということを教えられました。これは、1970年代の混乱のあとの米国に安定と自信を取り戻させたレーガン大統領の言葉だったそうです。彼のホワイトハウスの執務デスクの上には、次のようなスローガンが掲げてあったといいます。『人が正しく、良きことをするのに限界はない。ただしその人が自分の功績を自慢し、手柄を誇るような輩ではないことが前提だが』。高い志を持つこと、高い倫理をもつこと。これだけが地域未来創造大学校へと入学する条件です。どこの大学を出たのか、過去に何をしたのか、どんなに立派な役職についていたのか、などといったことは関係ありません。未来において何をするのか、する覚悟があるのかが重要です。
未来を創る人材を発掘し育てる
「将来の良き指導者、良き友人を、自身で選んでいく」こと。これも、私の恩師からの教えです。企業での上司は、選ぶことはできません。学校でも師を選ぶことはほとんどできませんでした。しかし、地域未来創造大学校では、良き指導者・良き友人は、自分で選ぶことができます。自分の周りに志を持った良き指導者、良き友人のネットワークをつくること、そしてそうした良き指導者、良き友人のグループを広げ、深めていくことで、一人では実現できなかったことの実現が可能となります。
加えて、地域未来創造大学校では、誰もが師であり、誰もが生徒です。私自身が知らないこと、できないことは多くあります。しかし、同じ高い志を持った仲間が集まることで、そして、手を携えることで乗り越えることができるはずです。私も、皆さんを師と仰ぎ、学ばせていただきたいと思っています。
地域未来創造大学校に参加していただいた方は、次は指導者になっていただき、それぞれの地域での人材を発掘し育てていく義務を持ちます。良き指導者に皆さん自身がなってください。
バリアフリー
経済学者は、「市場は万能の良策」であると考えます。例えば、空き家問題などといった地域問題が発生したとしましょう。このような問題も、経済学の枠組みでは、マクロ的には必ず市場調整機能を通じて長期的には解決していくと考えます。しかし、ミクロに市場を定義すればするほど、問題は大きくなり、解決が難しくなります。地域、時間、すべてにおいて実際に活動できる範囲の中に落とすと、解決が困難な問題となるのです。ここで重要になってくるのが、「バリアフリー」という考え方です。
残念ながら、小さな世界の中で活動しようとすると、公共と民間、高齢者と若者、業界団体同士、または建築士や宅建士、鑑定士といった専門家同士でぶつかり合ってしまうことも少なくありません。お互いが足を引っ張りあってもいいことなど何一つありません。老若男女、学歴問わず、どのような人でも、高い志だけ持っていれば、地域未来創造大学校には、参加していただくことができます。それこそが、「大学」ではなく、「大学校」という私塾として出発することの意義です。
私たちの活動に対しても、逆風が吹くことは覚悟しています。しかし、同じ志が持つものが集まることで乗り越えることができるものと信じています。
未来を創る
呼称として、「次世代まちづくりスクール」と呼びますが、単なるリノベーションといった単体の建物の再生や都市計画に参加する専門家を育成するものではありません。ミクロ経済学、マクロ経済学、不動産金融、都市計画技術、合意形成技術、AI等の数理的な技術など、地域未来創造に必要な知識を広く学習できる環境整備をしています。
何よりも、志が同じであれば、専門知識を持つものだけでなく、誰もが参加してくることを期待しています。
同じ志を持ったよい仲間たちのネットワークを作ることから出発します。そして、未来を創る人材となり、そして行動できる人材へと一緒に成長していくことを目指しています。
The best way to predict the future is to create it.
かつて経営学者であるピーター・ドラッカーは、未来を予測する最善の方法は、未来を創ることだといいました。地域課題と向き合い、その地域の未来を作り出す人材が求められています。
今日から、一緒に、未来を創りましょう。