物件オーナー、投資家、借り手が一緒に廃工場をリノベ。桜山シェアアトリエ【最新事例も紹介】

神奈川県逗子市の山間にあった廃工場が、アトリエやオフィス、ガレージ、遊び場などとして使えるシェアスペースへと生まれ変わったこの事例。それだけなら今ではよくある話ですが、注目すべきは再生の過程です。物件のオーナー、投資家、借り手の三者が一堂に会して互いのニーズをぶつけ合いながら一緒につくり上げました。立場の違う関係者がフラットにつながり尊重し合いながら、全員にとって良い結果を導き出したこのケースを紐解き、ハッピーな空き家再生のエッセンスを探ります。

目次
1. 廃工場の価値
2. 探しても見つからないなら物件をつくろう
3. DIYできる楽しさも含めて物件の価値
4. つくっている過程を見せながら募集開始
5. コミュニティが醸成されることで持続的な場所に
6. 地域に開かれた創作活動の場が藤沢、尼崎にも
7. 共創による物件づくりが不動産流通の構造を変える
もとは電子部品の工場だった建物の正面はシャッター、奥に長く伸びた平屋建て。内部の床はコンクリート、天井には飾り気のない蛍光灯と電気をとるためのレーンが

 

1. 廃工場の価値

廃工場をリノベーションして生まれ変わった「 桜山シェアアトリエ」プロジェクト。全体をコーディネートしたのはハロリノの運営元で、鎌倉を拠点に不動産、建築、 まちづくり事業に取り組むエンジョイワークス。

その廃工場は、JR逗子駅から歩いて行ける緑深い住宅地の中にありました。電子部品の製造をしていましたが、時代の流れで需要が減り廃業。一般的な不動産の視点では価値のない古い建屋と、住宅なら4~5棟は建てられそうな広さの敷地が残されました。隣地では今まさにハウスメーカーによる建売住宅が建設の最中。

当然、廃工場の売主もこの物件を土地として売却しようと考えていましたが、近所の神社が持っている借地権付き土地であるため高くは売れないのと、工場だった建物を解体して更地にするとなると相応のコストがかかるため、まともに行けば利益はほとんど期待できないというディールです。

そう、従来の不動産流通の枠内で見れば、この物件はネガティブな条件ばかりの 厄介な代物だったのです。

そんなある日、エンジョイワークスの不動産営業がこの物件の内見にやって来 ました。首から一眼レフのカメラを下げた20代と30代の女性営業二人。Tシャツとデニム、麦わら帽子にスニーカーという軽装の彼女たちを見て、廃工場の売主も、 売主側の不動産業者も「大丈夫か?」と思ったに違いありません。先述の厳しい条件をひと通り説明しましたが、二人はものともせず、廃工場の佇まいと、内部に残された擦りガラスの古い建具や長年の作業で味わいの出た机、無骨な配電盤などを見て目を輝かせています。

今や金属や樹脂のサッシがすっかり台頭してしまった中で、木枠にはまった擦りガラスに出会えた奇跡。そこへ無造作に打ち付けられた配電盤はすでにアートです。

「この建物を壊さないで、そのまま残してもらうことはできるんでしょうか?」「こういう古い建具や道具を譲っていただくことはできるんでしょうか?」

売主にしてみれば渡りに船です。明日には廃棄業者に有料で引き取りに来てもらう段取りだった残置物をそのままにしておいてほしい、廃工場の建物の解体も要らないというにわかには信じがたい話に売主は戸惑っていましたが、二人のテンションの上がりように次第に心が変わってきました。

「こんなガラクタをほしいという人が本当にいるのなら、自由に使ってもらって 構わないよ。どうせ処分する予定のものだったんだ。建物もできればそのまま活 かしてもらうのがいちばんありがたい」

駅から歩ける距離にある、良い感じに古びた廃工場。大きなトラックも横付けで きるエントランス。内部には今では手に入れることの難しい木の建具や、人が長い年月をかけて実用して来たからこそ出た艶のある古道具まで詰まっています。

しかも相場より格安。こんな物件、探してもそう簡単に見つかるものではありません。既存の不動産の視点に捉われず何を価値と見るかによって、空き家はポテンシャルの高いお宝に変貌します。

2. 探しても見つからないなら物件をつくろう

鎌倉の由比ガ浜通りにある「HOUSE YUIGAHAMA」で、物件オーナー、投資家、借り手候補者たちが一堂に会するイベントを開催

廃工場の発見からしばらくしたある土曜の夜、鎌倉の由比ガ浜通にあるエンジ ョイワークス運営のカフェ「HOUSE YUIGAHAMA」でユニークなイベントを開催しました。「そんな物件ねーよ!をつくる会議」と題されたこのブレスト型飲み会には、それまでエンジョイワークス不動産営業部に物件の相談に来たこともある、特殊な物件を探している借り手候補たちが大勢詰めかけました。

中でも最も多かったのが「工房やアトリエがほしい」という要望を持つクリエ イターやアーティストたち。鎌倉や逗子、葉山をはじめ、湘南エリアにはものづくりやデザインなどを行っている人々が非常に多く、住居とは別に、音やスペースを気にせず思いっ切り創作活動に打ち込める場所をほしがっています。

でも、ふつうの居住用物件が圧倒的多数を占める一般的な不動産の流通では、このような活動が許される賃貸物件はなかなか出てこないのが現実です。

借り手候補、物件オーナー、投資家が、お互いのニーズを直接話して知ることができる「そんな物件ねーよ!をつくる会議」は超満員

この夜のイベントには、彼らのほかに、なんらかの物件を所有している数名のオーナーや単なる利回りだけではなくおもしろみや意義のある案件に投資したいと考える投資家も参加していました。自分たちがいかに創作の場に飢えているかを熱く語るクリエイターたちを目の当たりにし、物件オーナーや投資家たちはそんなニーズがこれほどまでにあったのかと驚きました。

そこで、あの廃工場です。

あの建物を、クリエイターたちが使えるシェアアトリエにしたら良いのではない かというアイデアが、少し前にある投資家が私たちに提案していました。今まで主に都心のマンションなどに投資してきた投資家には半信半疑の提案でしたが、マンション投資も旨味が少なくなってきたいま、高利回りはもちろん、それ以上にもっとワクワクするようなエモーショナルな手応えが得られたり、自分のお金が誰かを助けることになったりするなどの意義ある投資をしたいと思い始めている投資家にとって、この夜シェアアトリエへのニーズは確信へと変わりました。

こうして廃工場は投資家によって購入され、その投資家自身が物件オーナーとな ってシェアアトリエへとリノベーションされることになりました。

3. DIYできる楽しさも含めて物件の価値

いよいよ廃工場のリノベーション工事が始まりました。しかし工事といっても、オーナー側は建物の内部を15ほどのブースにベニヤ板を立てて区切っただけ。各ブースの内部は借り手が自由にDIYでカスタマイズできるようにしました。

「そんな物件ねーよ!をつくる会議」でも分かったことですが、ものづくりが好きな人たちというのは、はじめからすべてガチガチに整えられたピカピカな物件など求めていません。自分らしく手を加えられる「余白」という緩さこそ、彼らが非常に重きをおく価値なのです。

逆に物件オーナーにとっては工事費が抑えられるという大きなメリットがある。 トイレやシャワーブース、団らんスペース、キッチンなどの共用部分は整えたものの、床はコンクリートのままでいいし、みんなで使うテーブルなども売主から譲り受けた古道具でまかないました。その分、賃料は1ブース月額2万円ほどと安く設定。住居のほかにアトリエにはそれほど多くの賃料を払えないというクリエイタ ーたちの懐事情もイベントで把握してのことです。

リノベーション工事の様子を日々SNSで発信しながら、工事中の状態で募集や内覧を開始。今まさにつくっているという臨場感がDIY心も掻き立て、完成前にすべてのブースが埋まりました

 

4. つくっている過程を見せながら募集開始

シェアアトリエの入居者募集は、リノベーション工事の途中から開始しました。日進月歩でできていく工場内のラフな様子をSNSで発信しながら、DIYやものづくりへ の意欲を刺激。記事を上げるたびに問い合わせが殺到し、入居希望者が多すぎる場合は、団体見学の日まで設けることにしました。見学すれば余計に借りたくなり、その場で申し込みを入れる人が続出。その日のブースの残数もSNSで発信され、数が減っていくごとにさらに問い合わせは増えていきました。

こうして半ば取り合いのようなかたちで、リノベーション工事が完了する前にすべてのブースは埋まってしまいました。これは物件オーナーにとっては何よりの喜びです。1ブースの賃料は2万円ですが、満室であれば月額30万円の収入になります。物件購入費とリノベーション工事費が抑えられたので空室が多くならなければ、投資は数年もあれば回収できるという、投資家目線で見ても驚異的な利回りです。

みんなでペンキ塗り
施設の仕上げのペンキ塗りはDIYイベントを開催し、入居者たちみんなで行いました
完成した内部。共用部には薪ストーブを設置し人が自然に集まる仕掛けを

 

5. コミュニティが醸成されることで持続的な場所に

リノベーション工事も佳境を迎えたころ、シェアアトリエの入居者たちが集まって、施設内の壁の塗装をみんなで行うというDIYイベントを開きました。プロのペイ ント集団である「PORTER’S PAINT」のスタッフに講師を務めてもらい、プロの塗装技術の一端を学びながら共用部をみんなで仕上げるという内容です。自分たちが使う場所を、自分たちの手で一緒に塗っていくという作業で、入居者たちは自然と仲良くなっていきました。

シェアアトリエが完成すると、物件オーナーはオープニングパーティーを開き、 入居者たちと一緒にこの施設の誕生を祝いました。オープン当初の入居者たちの顔ぶれは、彫金・ガラス作家、デザイナー、イラストレーター、ロードバイク愛好家、アロマセラピストなど多彩。ものづくりをしている人以外にも、自分の趣味 や活動の拠点として利用するアクティブな人々が集まりました。

自発的に何かをするのが好きなメンバーなので、入居者たちはしばらくすると自分たちで施設の名前を考え、メンバーの得意技を持ち寄ってWEBサイトをつくったり、マルシェを開いたりし始めました。このマルシェにはシェアアトリエの近所の人たちも訪れて交流が生まれ、相互理解が図られたことで、ともすると騒音など何かとクレームがつきやすいアトリエ特有のリスクも低減することに。このように地域に良い影響をもたらし、温かい目で見てもらえることも場が持続していくための大切な要件なのです。

こうした自主性のあるコミュニティが生まれたことで、物件オーナーにとっては 施設の運営が非常に楽になりました。しかも、空室が出てもコミュニティのつながりからすぐに紹介があって入居者が決まります。将来、万が一この場所でシェアアトリエのニーズが乏しくなり空室がカバーできなくなったときには、住宅用地として売却するという出口もあります。しかしこの調子なら、それまでには初期投資はほぼ回収されているでしょう。

ブース内は個性豊か。写真はガラス作家とアクセサリー作家のブース

 

6. 地域に開かれた創作活動の場が藤沢、尼崎にも

桜山シェアアトリエの事例を生かし、神奈川と兵庫でも、ものづくりを楽しむ人のための空間が誕生しつつあります。地域を見守り暮らしや営みを支えてきた建物に、新しい役割を。ハロリノでは、地域の小さなインキュベーション施設づくりをサポートしています。

・神奈川県藤沢市の精密部品工場を「大型シェアラボ」+「飲食店」に

JR藤沢駅から徒歩約12分。柏尾川の側に建つ古い工場をリノベーションし、クリエイターから周辺住民の趣味作業までさまざまな活動ができる大型シェアスペース施設として再生する「(仮称)藤沢ラボ」。飲食店を併設し、ラボの利用者だけでなく地域の人たちも気軽に立ち寄れる場として2023年春にオープンします。

利用形態は、シェアラボブース(個室)、オープンなシェアラボブース(個室)、フリー席の3種類。ブース内は入居者の活動が見えるように透明のポリカ波板仕様で、壁を好みの色に塗ったり、棚を取り付けたりと自由にDIYを楽しむことができます。元々工場だったこともあり、電動のノコギリやガラスカッターや金づちなどの工具をどのスペースでも加工音を気にすることなく使うことができます。ものづくりに熱い想いのある人たちに使っていただけたらと思います。

シェアラボと飲食テナントスペース賃料表などはハロリノ運営元のエンジョイワークスが提供する葉山・鎌倉・湘南エリアの家づくり、住まい方を提案するサイト「エンジョイスタイル」の物件ページをご覧ください。
https://enjoystyles.jp/index.php?c=detail&id=6044

 

・兵庫県尼崎市の築古賃貸マンションを「シェアアトリエ」と「アトリエ付き住戸」に

空室が目立つ築古の賃貸マンションを再生して、日常的に使う「シェアアトリエ」と、暮らすことも貸すこともできる「アトリエ付き住戸」をつくる兵庫県尼崎市のプロジェクト。クリエイティブな教育機関の多い大阪や神戸からのアクセス良好な場所で、刺激し合い、情報交換し合える、適度なシェアの機会と創作に没頭できる時間を満喫することができます。

アトリエ付きの賃貸住居はワンルームタイプ。室内は入居者が自由にカスタムできるようにコンクリートをそのまま見せる手法「躯体(くたい)現し(くたい)」としています。壁に描いた絵は次の入居者に引き継がれ、新たな手が加わることもあるでしょう。部屋をつくり込むことで民泊利用者へのアピールにもなります。

尼崎マンション再生ファンド
シェアアトリエで再生する賃貸マンションプロジェクト
https://hello-renovation.jp/renovations/12939

 

7. 共創による物件づくりが不動産流通の構造を変える

桜山シェアアトリエをはじめとする事例は、従来なら「売主→物件オーナー→施 工者→借り手」のような、上流から下流へ一方向に流れる物件の供給構造を、関 係者全員が同時に輪のようにつながり合うかたちへとリノベーションしたといっても過言ではありません。

それぞれがそれぞれの目の前の利益や、隣り合う人との利益だけを考えるのではなく、全員が全体性を俯瞰した上で、自分にとってのメリットと関わるみんなにとってのメリットをどちらも成立させようと意図すること。それはより多くの人を幸せにする、より大きな成果へとつながっていきます。ハッピーな空き家再生の鍵は、このような「共創」の考え方にあるのかもしれません。

 

ハッピーな空き家再生、ほかにも!

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