【インタビュー】さくら事務所 長嶋修さん vol.2 | 住まいを考えることは、地域を考えることでもある

日本における住宅診断(ホームインスペクション)の草分け的存在である不動産コンサルタントの長嶋修さんのインタビューの後編をお届けする。
前編では、空き家問題を解消するためには新築偏重の従来の価値観を転換し、中古住宅の実質的な価値を評価し、活かしていくことが大切だとうかがった。
今回主題となったのは、中古住宅の再生が実際に効果をあげるために必要な取り組みとはどんなものか。私たちにできることはあるのだろうか?

長嶋修(ながしま おさむ)
さくら事務所創業者・不動産コンサルタント。不動産デベロッパーで支店長を務めた後、1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。現会長。また、住宅の安全性を測るホームインスペクション(住宅診断)の分野では、そのパイオニアとして、「NPO法人 日本ホームインスペクターズ協会」を設立するなどして、普及・発展に務めている。著書に『「空き家」が蝕む日本』(2014年 ポプラ社刊)
『不動産格差』(2017年 日本経済新聞出版社刊)
他、多数。

「自分がまちをつくる」という意識が必要

−−単位が「まち」や「地域」になると、国や行政が行うべき範囲と個人で取り組むべき範囲があると思います。その線引きを長嶋さんとしてはどうお考えですか?

長嶋:日本の自治体はまち並みや景観にあまり関心がないですよね。
理想はドイツや、アメリカのシアトルのような方式です。まちに対してとにかく住民が口を出すんですよね。自治体の計画に対しても当然容赦がない。
今シアトルは美しいまち並みで知られていて不動産価値も高く維持されていますが、1960年代ぐらいまでは、交通渋滞がひどくて工場の煙害もあり、住民が皆郊外に出て人口が減少し、まちが荒廃に近い状態になってしまったんです。

これはまずいということで、自治体が市民を巻き込んでシアトルのまちのあり方について2年近く話し合ったんだそうです。だから当時を知る人ほど、今のシアトルに誇りを持っているんです。「自分たちで決めた」という誇りですね。
アメリカの多くの州、自治体で同様の取り組みをしていますし、ヨーロッパ各国も同様です。

その一方で日本では、多くの人が「まちは誰かが自動的に作ってくれているもの」という認識ではないでしょうか。
典型的な悪い見本が、郊外型ベッドタウン。高度成長期以降、「住みたい」ではなく「買える」という基準で選ばれた居住地域です。お父さんは会社で働くだけで家のことも地域のことも全然関わらないので、自分が住んでいるこのまち、この地域は誰がどういうふうに造り、維持してきたのかをまったく知りません。
でも本来、まちも建物も、意識的、意図的に組み上げていかないといけないものです。

その一方、地方では面白い動きが出てきています。
たとえば北海道の帯広では民間の人たちが頑張っていて、古い建物を改装してホテルにしたりとか、面白いことをやって盛り上がっていました。

同じく北海道の下川町では、周辺地域の地価が毎年7、8%下がり続けているにもかかわらず、去年、下川町の中心地は下げ止まったのです。理由は手厚い子育て支援制度があること。もともと豊富な森林資源を生かしてバイオマスを導入したところ、年間約1600万円電気代を削減できた。そのお金を使って、不妊治療に対する補助金制度をつくるなど子育てしたい人のための政策を打ちだしたら、近隣だけではなく東京から人が移り住むようになったのだそうです。自治体の中に頑張る人が2、3人いて、新しいことに取り組んだ結果だそうです。

自治体からのアプローチでも民間からのアプローチでも、最初に「踊る阿呆」がいないとだめなのです(笑)。そういう状況がいくつかつくられれば自動的に人が集まってくるような流れになると思います。

今後10年ぐらいで、今までの不動産や建築に対する常識は大きく変わるのではないでしょうか。

「日本は新築文化だ」「持ち家文化だ」と言われてきましたが、実はそれは高度成長の文脈で、長い歴史を見ればむしろ特殊な文化です。戦前は東京の持ち家率は10%台でした。高度成長期に田舎から出てきて東京で働く人が近郊に家を買う、そのとき住宅がないから新築だった、というだけの話だと思うのです。
もう数の上で住宅は足りていますから、だめなら壊す、使えるものはうまく活かす政策を取らないといけない時代になっています。

中古物件選びのポイントは「立地」「建物のコンディション」「コミュニティ」

−−長嶋さんは不動産投資などもされていますが、投資先としての空き家はどのようにお考えですか。

長嶋:忘れられた資源が眠っている状態だと思います。地域を限定して、そこで空き家再生事業を手掛けたら面白いでしょうね。
ただすべての空き家が活かせるわけではありません。立地、建物の質、そしてリノベーションすることでどれだけのコンディションに再生し、投資回収できるかというポテンシャルの見極めが必要です。

−−空き家の価値を考えるときのポイントのひとつが「立地」。こちらについて詳しく教えてください。

長嶋:まず、「立地適正化計画」の対象かどうかということ。
立地適正計画とは、急激な人口減少と高齢化により地方自治体の税収が減少する中で、インフラや生活サービスなどを維持するために、住宅や商業施設、公共施設などを一定の範囲内に収めてコンパクトなまちづくりをめざす制度のこと。簡単にいうと、自治体が「この区域の中であれば都市機能の維持は約束しますよ」という区域を定め、その外側については責任を持てませんよ、と線引きがされます。つまり区域外の不動産価値はぐっと下がるというわけです。

 

資料:国土交通省

−−もうひとつ大事なのは、建物自体のコンディションですよね。
最近リノベーションが流行りすぎて、コンディションそっちのけで雰囲気のいい物件を選んだつもりが大失敗、ということもあると聞きます。

長嶋:買取再販(中古住宅を買取り、改修して販売するビジネス)の物件でひどい例がたくさんあります。配管がボロボロになっていても交換しないで見た目だけきれいにして販売する業者がいるのです。だから買った後で水回りからキノコが生えてきて、床をはがしたら水漏れでボロボロ、結局全面解体になってしまったという例がありました。
耐震性などの質問に対して、本来断言できないことを「大丈夫です」と言ってしまったり、適当な説明をする業者も問題です。

−−リノベーション住宅を買う側も、自衛のためにある程度リテラシーを身につけざるを得ないのですね。

−−もうひとつのポイントは「コミュニティの有無」でしょうか。

長嶋:そうですね。家の周りに自分の心地よい場所があるかどうか。
そのまちに住む理由、帰りたくなる理由が必要で、そこにどういう人がいるか、もうひとつは人が集まれる場所があるかが大切になってきます。
行きつけのカフェや居酒屋でもいいのですが、そのためには、ビルのテナントにも配慮がほしい。駅前には携帯ショップや消費者金融ばかり目立つまちというのがありますが、そういう店舗は3階以上などと決めて、1階は賃料を抑えてもカフェや花屋など、雰囲気のいい店舗を入れたほうがいい。実際はそうした方が上の階も埋まりやすくなります。

−−ただ儲かることをめざすのではなく、意志を持ってどういう環境をつくっていきたいかをまちの人がそれぞれ考えていくことが、価値に直結してくるということですね。そのまちに住む以上、タダ乗りはゆるされないという感覚です。

長嶋:そうなのです。不動産オーナーのリテラシーが問われるところです。
日本では土地は私有財産という意識が強すぎるので、もう少し公的なものであるという意識を浸透させたいですよね。

住宅を考えることと地域やまちを考えることは、実は表裏一体。未来に希望をつなぐために、一人一人が意識を変えていく必要がある。インタビューを通し、そんなことに気づかされた。

−−長嶋修さんにとってリノベーションとは

長嶋氏とエンジョイワークス事業企画部

長嶋:今盛り上がっていますね。一過性の流行ではなく、中古をリノベーションすることが当たり前で、新築のほうが特殊だという世の中になると思います。

一般の方たちも、なんでも業者に頼むのではなく、できることは自分でやる。そんな文化になるのではないでしょうか。

北欧あたりだと、子供のときに大工道具ひととおり渡されて、家の修理はできるだけ自分たちでなんとかするものだと教わるそうです。いちいち業者に依頼するとお金かかってしょうがないから、生活防衛的な意味なのだそうです。
そういう北欧系移民がアメリカに渡ってDIY文化を広めたそうです。アメリカのホームセンターでは、家一軒建てられる資材が売っているのですよ。何年もかけて家を少しずついじってカスタマイズしていくのもよくあることです。
そもそも日本人は器用だから、そういう文化が浸透しだすと面白くなると思いますよ。

>インタビュー前編はこちら

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