商店街の駐車場から始まる次のまちづくり。ユイガハマルシェ

そのまちにとって本当に有意義な商店街は誰がつくるのか?「そのまちらしさ」を表すような個性と人間味のある多彩な店が軒を連ねているからこそ、まち歩きは楽しくなる。ショッピングセンターやチェーン店の進出、家賃の高騰、高齢化などによって、個人の小さな商いがしづらくなってしまった商店街が各地に数多く見られる中で、次の時代の魅力的な商店街をつくるヒントが、鎌倉市の由比ガ浜通りの「駐車場」にあった。

「由比ガ浜通りを盛り上げよう会議」には地元住民の他、商店会長をはじめとする商店街の店主たちや、
この通りを好きでよく訪れている人が都内からも集まった。

商店街の空きスペース

始まりはある夜、鎌倉で開催された1つのイベントだった。

鎌倉の中央を鶴岡八幡宮から海まで南北に貫く若宮大路と交差して、東西に走る「由比ガ浜大通り」は、鎌倉駅周辺の中心部と、大仏さまや長谷寺などの観光名所がある長谷エリアをつなぐこのまちの大動脈。観光客はもちろんのこと、まちに暮らす地元住民たちが日常的に生活の用を足すために行き来する主要な通りであり、両側には観光客向けのカフェや雑貨のお店に混じって、昔からの商店、いわゆる八百屋、米屋、金物屋、布団屋、電気屋などが建ち並ぶ。

そんな通り沿いに2014年4月にオープンした「HOUSE YUIGAHAMA」で、そのイベントは開かれた。題して「由比ガ浜通りを盛り上げよう!会議」。主催したのは、同じくこの通り沿いにオフィスを構え、HOUSE YUIGAHAMAの運営元でもある不動産・建築・まちづくりプロデュース会社エンジョイワークスだ。

同社は2011年に世田谷からこの由比ガ浜通りに移転して来た、いわば外部からの新参者。しかし呼び寄せてくれたのは、この通りで100年前から続く老舗の米店「笹屋」の五代目 木村聡さんだった。木村さんがつないでくれた地元の大家さんや商店街とのつながりを礎に、エンジョイワークスは鎌倉という、ともすると特異で閉鎖的な向きもあるこの地において、着実に実績を積むことができた。

その木村さんから、笹屋の駐車場スペースの活用について、エンジョイワークスに相談が持ち込まれたのである。

由比ガ浜通りに面した笹屋の駐車場。きれいな整形地で間口も広い。

このまちで商売を始めたい人

日頃は自家用車と商売用の車を停めているだけのことが多いので、何かこのスペースをうまく使えないか、という相談だった。この場所では年に一度、早春に笹屋主催のもちつき大会を開いている他は特に積極的な活用をしていない。将来的には何か建物を建てることもあり得るが、その場合はこの通りの他の建物と同様に、1階は事業用スペースになる可能性が高い。その際どのような「場」にして行くのかによって、この由比ガ浜通りの表情や賑わいにも影響を及ぼす。そんな未来も視野に入れたヒントと活用を木村さんは求めていた。

片側で、不動産仲介業を営むエンジョイワークスの元には毎日のように、鎌倉で商売を始めたい人が空き店舗を探しにやってくる。苛烈な競争にさらされる東京よりも低いリスクとコストで夢を実現できる場所として、あるいは海のそばでの豊かなライフスタイルとの両立を求め、あるいは東京から程よい距離の観光地 鎌倉の集客力に期待して、このまちで自分らしい商売を始めたいと思う人は後を絶たない。

ところが、ちょうど良い空き店舗がタイミングよく出るとは限らない。しかも運よく空き店舗が見つかり、それなりのお金をかけて店を整え商売を始めたものの、残念なことにすぐに行き詰まるお店も少なくはない。儲け主義の大家であれば、保証金が得られるので店子が入れ替わり立ち替わりしても困らないかもしれない。不動産業者もしかり。しかしそれは、健全な商店街の姿だろうか。その先に楽しいまちが育っていくのだろうか。

どのグループからも、由比ガ浜通りをジブンゴトとして捉えた熱い想いが発表された。

レイヤーを飛び越える

「由比ガ浜通りを盛り上げよう!会議」では、この場所に何か建物をつくると仮定して、どのようなテナントが入るどのような場所にしていったら、この通り全体に良い影響があるだろうか?ということをテーマにみんなでアイデア会議を行った。

このイベントには、由比ガ浜の商店街会長をはじめ、いろいろなお店の店主、地元住民はもとより、この通りが好きでよく訪れているという人が近隣のまちや遠くは都内からも集まった。ここで商いをしている人、根っからの地元っ子、移住して暮らしている人、外部から来て利用している人という、立場の異なる人々が集ったわけだ。

アイデア会議では、立場を超えてある1つの共通の要望が浮かび上がった。それは「いろんな人が交流できるハブのような場所にしてほしい」というものだった。みんな由比ガ浜通りを利用しているが、その背景、動機、関わり方が異なる。いわばレイヤーが違うわけだが、彼らは互いにその断絶を飛び越え混ざり合いたいと思っていることが分かった。

由比ガ浜通りにぽっかりとある駐車場。お店を出したいと思う人々。そして交流したいと願う立場の異なる人々。これらの要素を練り合わせて、エンジョイワークスは1つの企画を生み出した。

それが、駐車場で開催する、鎌倉でお店を開きたい人の1日トライアルマルシェ「ユイガハマルシェ」である。

会場は簡易な組み立て式のテントをメインに、駐車場の地面にマスキングテープを直接貼ってデコレーション。
看板などもベニヤ板で手づくり。

お店を出したい人の腕試しマルシェ

会議から数ヶ月後の初秋に、第1回ユイガハマルシェが笹屋駐車場で開催された。

出店者の顔ぶれは実に多彩。タイ古式マッサージ、オリジナルTシャツや子供服、アロマセラピートリートメント、インテリア雑貨、アクセサリー、スペシャルティコーヒー…この駐車場のオーナーである木村さんのご好意で(活用アイデアを勉強させてもらうんだから場所代は要らない)、出店料が安く抑えられたこともあって出店希望が殺到する中、選ばれた6つのお店が、1日限りのトライアルショップを開いた。いずれも、今すぐには難しいけれど「いつかは鎌倉に自分の店を出したい」と考えているお店ばかりだ。

事前に商店街のお店にはチラシを配布していただいた。出店者の1人が地元のラジオでも告知するなど、みんなでマルシェを盛り上げた。

彼らにとってこの1日は、観光客も含めた多様なレイヤーの人々が行き交う由比ガ浜通りで、自分の商いのマーケティングやファンづくりができるチャンス。そして、自分の実力が鎌倉のお客さんにどのくらい通用するのか、腕試しの1日でもある。

ユイガハマルシェにはすでに会場設営の途中から通りすがりのお客さんが入って来るくらい立地としてアピール力があり、マルシェがオープンすると、観光客や地元住民など、1日で100人を超える人がこの駐車場を訪れた。各お店でお客様と店主との楽しいコミュニケーションが繰り広げられる中、エンジョイワークスがもう1つ仕掛けを施していた。それは、マルシェを利用したお客様に、出口で人気投票をしてもらうことだ。つまり、地域の人や訪問客自身が、「このお店が未来の鎌倉にあったらいいな、応援したいな」と思う店を選ぶことができる。

人気投票で第1位になったスペシャルティコーヒーのお店「Solaso Caffee Stand」は、
その後キッチンカーによる移動販売のお店として開業。

みんなで未来の商店街・まちを選ぶ

結果、人気投票の1位に輝いたのはスペシャルティコーヒーのお店だった。その味わいもさることながら、お客様が思わず笑顔になる店主の人柄に人気が集まった。1位になったこのお店には、次のステップとして、HOUSE YUIGAHAMAの軒下で1日出店できる機会が用意されており、店主はそこでドリップコーヒーのワークショップを行ってさらにファンを増やした。そしてその後、まずは店舗を持たなくてもお客様と触れ合えるキッチンカーで開業を果たした。

商店街の新旧のお店、通行人、地域の人が一緒に、自分たちの望む未来のまちを自分たちで選んでいくという試みが「ユイガハマルシェ」

駐車場という1つの「空き地」の活用から展開した「ユイガハマルシェ」のプロジェクトは、商店街やまちの未来を、関わる人みんなで考え選んでいく体験をもたらした。不動産仲介業者や各物件のオーナーたちが無造作に、めいめい勝手に店子を決めていくのではなく、地域住民や利用者の側からも来てほしいお店を選べるという実験的な試みは、1日だけのトライアルマルシェに留まらず、「商店街やまちのつくり方」そのものをリノベーションしようとする行為と言えるのかもしれない。

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*エンジョイワークスについて
http://enjoystyles.jp/

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