地域内外の人とともにDITでつくりあげたシェアスペース「ハジマリ」
プロジェクトの概要を教えてください。
東京都内の大手銀行にて勤務していたが60歳の定年退職をきっかけに昔に取得していた指圧師の資格を活かして、自宅兼マッサージ治療院を開院することにしました。
元々セカンドライフとして定年後は田舎暮らしを検討したためマッサージ治療院で働きながら近くの畑を借り、空いた時間では農業を楽しんでいます。
農業ではサツマイモ、ジャガイモ、ねぎ、サトイモ、きゅうり、トマト、キャベツ、アスパラ、大根、ニンジン、ブルーベリー、イチゴ、ルバーブなど、たくさんの種類の野菜や果物を育てて楽しんでいます。
収穫した野菜や果物をマッサージ治療院のお客様にプレゼントすることで、お客様にも大変喜ばれています。
プロジェクトが始まったきっかけは何でしたか?
「元は古い一般住宅。普通の原状回復での居住用物件ではつまらない。コミュニティづくりにつながる取組ができないか」。
そんな太平洋不動産の店長宮戸さんの想いに、KUMIKI代表の桑原さんが共感し、空間を地域のみんなと一緒に改装するワークショップ「DITリノベーション」がスタートしました。
KUMIKIのDITリノベーションは、もともと東日本大震災後の岩手県陸前高田市における集会所づくりがはじまりでした。木材のパーツを重ね合ってみんなでつくった集会所は、笑顔であふれ、人と人がつながり、誰かのチャレンジを後押しするような場所になっていったそう。
KUMIKI は、そんな原体験をきっかけに、現在は、国産材を主な素材とした家具・内装キットを使い、空間づくりを全国各地で手がけています。様々な依頼を受けて国産材を使った空間づくりを行なってきたものの、自分たちのためだけに空間をつくったことはありませんでした。ほぼ全ての工程をセルフリノベーションする空間づくりを自ら実践しようと思ったKUMIKIは、事務所以外の使用目的は具体的に定めず、まずは場所をつくってみることにしたそうです。
プロジェクトを始めるにあたって、どのような工夫をされましたか?
工夫は「空間をつくること」を目的にせず、「人と人の関係をつくること」を目的とした時間の過ごし方をワークショップでは意識したこと。例えば、ワークショップのお昼は、地域の食堂やパン屋さんなど、地元のご飯をみんなで食べる。車座になってお互いのことを話したりする豊かな時間が生まれました。
ワークショップは「壁の解体」からはじまり、「床貼り」、「漆喰での壁塗り」、「ウッドデッキやテラスの屋根づくり」「家具づくり」の全5回。そんななかで面白いことが起きたそう。参加者の中に、ワークショップが始まった月に二宮町に移住してきたご夫妻がいました。その奥さんは移住前にチャイ屋さんをしていたそうですが、お昼を食べながら、他の参加者の皆さんから「ここでもやってみたら!」と声を掛けらるように。当初は二宮町でお店を開くことは全く考えていなかったそうですが、次第に「やってみようかな」という気持ちが生まれていったそう。ライフスタイルも大切に、無理なくやるためにはどうしたらよいか。そこから月に1週間だけお店を営業するポップアップキッチンの構想に行き着きました。空間づくりに参加者が関わることで活用方法が広がった瞬間でした。
プロジェクトを始めるにあたって、大変だったこと・失敗談を教えてください。
活用方法が広がった一方、当初は「飲食店」をつくる想定はなかったため、その準備には苦労しました。ワークショップには建築家が入っていなかったため、桑原さんが飲食店に必要な要件を調べて保健所に話を聞きに行って、キッチンスペースと接客スペースを仕切るために必要な仕切りのキットなど、必要なものをその都度考えて作りました。おかげでKUMIKIが空間づくりに提案できるキットのラインナップには、飲食店許可のとれる様々な家具・内装キットが増えたそう。
予算は原状回復費用として、およそ100万円を太平洋不動産が最初に負担してくれました。KUMIKIが物件を借り上げ、家賃として支払うことで、投資費用の回収をめざすスキームですが、最初の費用があることでスムーズにスタートできたそうです。一方で、保険所許可を得るための必要な二層シンクの導入や、業務用冷蔵庫、製氷機などのキッチン設備や、手洗いの新規設置に伴う水道工事など、飲食店舗にするための設備投資としては、およそ100万円をKUMIKIが負担することになりました。
起こった困難・問題をどのように乗り越えましたか?
「ワークショップでは、とにかく参加者みんなのコミュニケーションが生まれることを大切にしました。完全に綺麗な空間にするつもりもありませんでした。(塗り方にむらのある壁を見ながら)こんなふうに完全でないところにぬくもりがあります。会話しながら丁寧に作業すると、対話の時間も生まれます。そんな時間を大事にしたことで、主体的にやりたい人が出てきてくれました。この場所が単なるDIYが学べる場としてではなく、参加者にとっても自分ごとの空間になっていきました。そうなってしまったので、「飲食店舗にすることはできません』とは言えませんでした(笑)」と桑原さん。もちろん、補助金などの資金調達も考えましたが、最終的にはまずは身銭をきることで、抑えられる費用は何かを細かく考えたり、手伝っていただいた人たちの有り難みをあらためて感じることができたのは、その後のKUMIKIの活動にも生きています。
どのような方法で物件を入手しましたか?
きっかけでも記載した通り、地元の不動産会社の太平洋不動産からKUMIKIが相談を受けたところからスタートしました。この物件のオーナーは太平洋不動産。今でこそ移住者が増えている二宮町ですが、KUMIKIが事務所を開設した2年前は、さほど問い合わせは多くありませんでした。近隣の箱根や熱海とは違って観光地ではなく、東京に通うにはやや遠い。元は古い一般住宅で狭い2Kの部屋だったので、原状回復してもすぐには借り手がつかないかもしれないと思ったそうです。
しかし、移住した人の中にはセルフリノベーションで住まいをカスタマイズして暮らしている人もいて、太平洋不動産もDIY型賃貸やセルフリノベーションの可能性を感じていました。大家さんにも、物件を求める人にも、「こんなふうに改修すれば暮らせます」という事例として見せられるものを、自分たちの手でつくりたかったそうで、DIYを手がけるKUMIKIに相談をしました。現在は修繕が終わった物件を事務所としてKUMIKIが借り上げ、事務所兼シェアキッチンや民泊施設として運営しています。
物件入手のために、苦労したことがあれば教えてください。
入手ではなく、改修するうえで大変だったことは、どこからが「DIT(Do it together)」でやるのか、どこまでをプロにお願いするのか、その仕分けです。もちろん、水道・電気などの専門工事はプロですが、それ以外にもあとで修復できない箇所については、プロにお任せしようということになりました。例えば、ウッドデッキをつくる時の基礎工事。もともとテラス屋根のみあったのですが、築年数が古く塗装もはげ、傾いていました。そのために、どのように水平に戻すかなどの問題が発生しました。
起きた問題をどのように解決したのでしょうか?
ウッドデッキの工事は、地域の方から地元の大工さんを紹介してもらいました。大工さんにはプロジェクトについて説明し、ウッドデッキ材を選ぶところから一緒に実施。現場に近い製材所を訪れ、実際に木を見て、触り決定してからワークショップを開催しました。ウッドデッキの屋根となる歪んだテラスの柱の調整は、大工さんのプロ作業で修正。柱の持ち上げ、土台をコンクリで作り直すことで屋根の水平を取り戻しました。加えて、ウッドデッキの骨格となる部分も、水平をとる作業は大工さんで対応。そこにヒノキの板材を貼っていく作業やテラス屋根の塗装は、ワークショップでみんなで実施するなど、分担しながら進めていきました。
リノベーションのこだわりについて聞かせてください。
物件は和室の2DK。築年数は古いものの、基礎を直す必要はありませんでした。リノベーションする時点では、用途が決まっていなかったので、気持ちのいい空間をつくることにこだわりました。物件の目の前にはちょうど畑があったので、この場所から見える開放感を大事にしたいと考え、ウッドデッキを作り、キッチンと部屋をつなげるため壁を抜きました。畳の和室とフローリングだったキッチンをワンフロアにするには、高さを合わせる必要があり、下地を作って高さを合わせて床貼りをしました。
専門家の人に聞くと、この広さの物件をカフェにリノベーションする際にリフォーム会社に依頼すると、総額で500万円くらい掛かるそうです。壁塗りや床貼りや家具の造作など、自分たちでできるところはワークショップで行うことで、業務用冷蔵庫の購入費も含めて200万円程度に下げることができました。
費用が抑えられるだけでなく、ワークショップを通じて、この場所をいろんな人に知ってもらい、チャレンジする人、それを応援する人がつながっていく。お金には代えられない価値が、DITというワークショップで生まれました。
プロジェクトがスタートしたことで、地域に変化はありましたか?
ワークショップをしたことで、太平洋不動産では、セルフリノベーションに対する理解が深まり、物件を案内する際にはハジマリにも立ち寄って、お客さんに案内してセルフリノベーションの良さを伝えることもあるそうです。また、ワークショップに参加してくれた地元以外の方も、再度訪問していただき、ご飯会なども開催されています。当時、町に知り合いがいなかった人も、ここでつながりができたという方もいます。
月5回程度は、ヨガや介護、子育てなどのイベント利用として町の人に使っていただいているほか、民泊施設としても活用するようになりました。主にイギリス、フランス、アメリカ、オーストラリア、中国、台湾等、全世界から毎月10組くらいの民泊利用者がお越し頂いています。ご飯は出さないため、町なかで食べる方も増えていて、交流人口もわずかですが、増えたように感じます。
民泊の清掃やお布団のセッティングは、イベントでここを利用してくれるようになった地域のお母さんたちにお仕事として依頼し、対応してもらっています。気がついたら、事務所としては使えないくらいになっていて、嬉しい悲鳴です。笑
今後、地域とつながる中で、どんな場所にしていきたいと考えていますか?
開業資金が十分ではない人が、一定期間だけお店をレンタルし事業をスタート。その後、資金と自信ができたら、自分の店舗を「DITリノベーション」で小さく始める。さらに地域に愛されて、売上も増えたときに、建築事務所などに依頼して本格的な店づくりを実施する。そんな「階段のようなお店のはじめ方」を実験できる場所にできないかと当初は考えていたそう。けれど、あるとき、「ステップアップありきの考え方は男性目線」と言われ、ハッとしたそうです。
自分らしくはじめたい全ての人が、売上拡大をめざすわけではない。むしろ、暮らしにあわせたゆとりある店舗運営をできたほうがいい。起業支援金による創業補助を行っている自治体もありますが、みんなが1人で起業するのは難しい。最初から本格的なお店を持とうとすれば、多額の改修資金も必要です。自身で捻出できずに、スタートが切れない人も少なくないと思います。大切なのは、自由度の高い起業や店づくり。「はじめやすい」=「やめやすい」が許されることではないか。暮らしの変化にあわせて、無理のない自由度の高い起業や店づくりが根付けば、地域で何かやってみたい小さな夢や想いを引き出すことが可能かもしれません。
例えば、地域に暮らす子育て中のお母さんなどで、月に1週間なら営業したいという人が4人集まれば、開業の助成金も4人分となります。加えてみんなで空間をつくるDITリノベーションで最初の一步を生み出せば、小さなリスクでお店を持つことが可能です。ハジマリは、これからも「地域の人々が、ライフスタイルに合わせたお店のはじめ方を実験できる場所にしていきたいんです」と、桑原さんはお話しくださいました。
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