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沖縄の“幻の料理”を八重瀬で。豊かな農業や琉球文化を伝える宿づくり

ハロリノ編集部

今でこそ、どこでも手に入れることができて、沖縄観光のお土産品としても定着しているサーターアンダギー。おかあさんの幼少のころは、結婚式やお正月、お盆など年に数回しか食べられず、いま販売されているものよりも大きいものが振る舞われていたそう。今回は、そんな上江門家のおかあさんから教えていただいたサーターアンダギーにまつわる思い出や、いまでは見かけなくなった沖縄料理についてお届けします。

結婚式には親戚でサーターアンダギーを盛り付けて

こんにちは。プロジェクトメンバーの宮城です。昔は結婚式でも、大きなサーターアンダギーが欠かせませんでした。「昔は結婚式場などがなかったので、それぞれの家で披露宴が開かれました。そこで振る舞われるサーターアンダギーを2~4人の男の人が流れ作業で盛り付けていました」とおかあさん。手慣れた様子だったことが目に浮かびます。

揚げたてのサーターアンダギーを、まずは沖縄の竹かご「バーキ」へ。その後、ほかの料理と一緒にお皿に盛りつけていきます

当時の結婚式では、親族(門中)がその手伝いに呼ばれました。上手にサーターアンダギーを作る人は引っ張りだこだったようで、「私の母も上手だったので、よく呼ばれていました。当時の結婚式は親族が準備をして三日間行うのが一般的でしたので、日持ちのするサーターアンダギーは丁度よいお菓子だったのでしょう」と懐かしそうに思い出しながら教えてくれました。

ところで、サーターアンダギーとは、サーター(砂糖)、アンダー(油)、ギー(揚げる)、の合成語とのこと。こうしたお話を聞きながら、おかあさんの手作りのサーターアンダギーをいただきました。甘すぎず、ほどよく揚げられていておいしかったです。

見かけなくなった、伝統の沖縄料理

おかあさんさんのご自宅に、ご友人の大城さんと仲間さんが来てくださり、沖縄で見かけなくなった料理についてお話する機会をつくっていただきました。

七つの例を挙げましたが、私が認識できたのは二つだけでした。これらの料理はおかあさんたちの世代では、家庭でおやつとして振る舞われたものや、特定の行事の時に振る舞われたもの、のようにそのときのシーンに応じて登場してきたようです。のっけからウムクジプットルーという名前を聞いた時はその名前に思わず爆笑してしまいました。みなさんはいくつ分かりますか?

・ウムクジプットルー(芋くずが原材料)
・アチビー
・ドウジルニー(ヘチマ)
・ボロボロジューシー
・ファチファチ
・ウムクジテンプラ

お話を聞いていると、イモなどを原材料にしたものが多かったのでは、との印象を受けました。昔の沖縄県は痩せた土地が多く、台風被害も多かったために農作物を育てにくい環境だったはずです(今でも流通している野菜の種類が少ない)。イモは痩せた土地でも栽培できることから、おやつなどの多くの料理の原材料に使用されていたようです。

当時の沖縄と今の沖縄では比べるまでもなく食料品の流通が整っています。一般の家庭でわざわざイモを原材料としておやつをつくるという生活習慣はなくなってきています。沖縄の経済成長と時代、世代の変化で昔はどこでも見かけることができた料理が、いまではなかなか見かけることがありません。というか、その名前すらも知らない人が多くなっているのです。

料理、農業、琉球舞踊。沖縄の文化に出合える拠点に

ここまで書くとさみしいなあ、と感傷的になりがちですが、そこはおかあさんのたくましいところ。このような現状を踏まえて、では上江門家をどう活用できるのか、と話題は展開していきます。ちょっと飛躍してもいましたが(笑)。

「上江門家で宿泊施設ができたら、沖縄ではもうなかなか見かけることの少ないこれらの料理を“幻の料理”として提供できたらいいのではないか」という発想に至ったおかあさん。こういう沖縄ではもうなかなか見かけることのない料理は、別の見方をすれば誰かに教えることができない料理であり、それを伝えることができない人が多くなっている、ということです。

上江門家が所在する八重瀬町は沖縄県南部で有数の農産地です。ここで収穫できる野菜を上江門家で提供し、沖縄ではもうなかなか見かけることのない料理の食材を提供できるようになれば、正に地産地消のサイクルが生まれます。この波及効果が八重瀬町の周りの農家にも伝わればいいなあ、と願っています。これには、2次的波及効果を生めるのではないか、との期待があります。

たとえば、上江門家に宿泊に来てくれた人たちが八重瀬町安里地域の農家さんの手伝いをしてくれるとか、宿泊する人たち自ら周りの農家の手伝いをしてくれるために来てくれて、その人たちの宿泊の場所として上江門家を提供するとか、アイデアは尽きません。

おかあさんの想いは、ただ上江門家のためだけではなく、八重瀬町安里地域の人たちのために何か上江門家がお役に立ち、上江門家の施設を軸として地域の活性化に貢献できないか、という熱いものです。

そこに、沖縄の文化を伝える手段として上記の展開に加えておかあさんが何十年も続けてきた沖縄の琉球舞踊を披露することができれば、

・沖縄でなかなか見かけない料理
・地域の農家との交流
・沖縄の伝統文化の体験やお披露目

これらが一本の軸として展開でき、その拠点が上江門家になる、というものができそうですね。

おかあさんが切り出した、沖縄ではなかなか見かけることがなくなった料理、の話から話題はあっちこっちと展開しましたが、一貫しているのは上江門家の再生だけではなく、上江門家を軸として地域の活性化ができないか、というおかあさんの熱い想いを聞く機会になりました。

上江門家は、300年前にも地域の農家さんとまとめて地域の整備を行った伝統ある一族だといいます。いまでも上江門家の所在する八重瀬町安里地域は農業を主体とする人々が暮らす静かなところです。みなさんも、ぜひ一度、八重瀬町安里地域を訪れてみてください。上江門家の佇まいを見ると、その昔からの歴史を感じることができると思います。

●上江門家プロジェクトとは
「本当の沖縄」を体感してもらいたいと、沖縄の八重瀬町で始まったプロジェクト。琉球の影がそこかしこに残る伝統文化が味わえる宿づくりを進めています。

※おかあさんとは上江門家の家主で、プロジェクトリーダーの上門加代子さんのこと。みんなに「おかあさん」と呼ばれ、親しまれています。

Facebookページもご覧ください
https://www.facebook.com/uejyokerenovationproject
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