元社員寮をシェアリング&アップサイクルの拠点に!葉山ファクトリー
神奈川県三浦郡葉山町の山懐、とある会社の元社員寮だった大型の空き家を、加藤太一(かとうたいち)さん率いる「空家レンジャー」たちが、DIYでシェア工房へとリノベーション中。DIYに参加しているのは、2階のシェア工房を借りる予定の利用者はもちろんのこと、ご近所さんをはじめ逗子や藤沢、横浜、東京、遠くは静岡県の伊豆からもプロアマ問わず集まってくる多種多様な人々。年齢も3歳~50代以降までと実に幅広い。9月下旬に予定されている施設の完成を待たずして、ここにはすでに面白くて自発的なイキの良いコミュニティが生まれている。この場所の何がみんなを惹きつけるのか? DIY真っ最中の現場に、リーダーである加藤さんを訪ねた。
「『ゆるい集まりではあるが、ちゃんとスキルアップしていこう!』というのが、この場所で大切にしていることなんです。空き家をDIYでリノベーション、なんて聞くとまず心配になるのが安全性ですよね。床の張り方とか、工具の使い方とか、とくに安全に関わる部分はレクチャー会を開いて大工さんなどプロに教わっています」
DIYで空き家を再生する有志団体「空家レンジャー」のリーダーを務める加藤太一さん。
大工さんといえば、日頃は家を建てたりリフォームをしたりすることでお金をもらっているプロだ。そんな人が無償で技術や時間をシェアしてくれるのだろうか? ちょうどこの日、遠く伊豆からわざわざこのDIYイベントに駆けつけていた大工さんに話を聞くと、
「いつもは地元の不動産屋から請け負って仕事をしてるんだけど、自分でも直接お客さんとの接点を持ちたいと思ったときに、ここで加藤さんがやっているようなことが面白いな、何かに生かせないかなと私も勉強させてもらってるんです。リノベーションはプロでもそれなりにスキルが要ります。しかもここでは廃材を利用してるでしょ。普通は仕事だったら職人はそんな面倒くさいことはやらない。手間ばかりかかる仕事は相応のお金を取らないと割に合わないですから。でもここではカチカチの仕事じゃないからこそできるんです。それが『シェアリング』っていうことでしょう」
使われなくなった元社員寮を「シェア工房」へ生まれ変わらせる。枕木のデッキもみんなで作った。
大工さん以外にも、建築畑の人はよく参加しているという。たとえば設計事務所で設計士をしているが図面を描くだけで現場はまったく知らないから体感したい、という人や、建築学を学んでいる最中の学生さんなど。専門分野の人たちが、一般の素人さんたちと一緒に現場で建物づくりを行う中で、感じること、気づくことはきっとたくさんあるに違いない。
雑然とした感じが文化祭の準備中の教室のようでもあり、ワクワク感を呼び起こす。
加藤さんは「ここでは失敗してもいいよ」と参加者に言っているそうだ。
「ここはみんなのリノベーションやDIYの実験台。ここをきっかけに、いずれ自分自身の場所でやる時のために学んでくれれば。きれいに仕上げることが目的ではないんです。空き家再生はそんなふうにいろんな人がやるようになっていった方が良いんじゃないかと思っています」
DIYイベントは週末を中心に月4回ほど開催している。Facebookを使って告知する以外は特に集客手段を講じてはいないが、毎回20人前後が自然と集まる。既に参加した人からの口コミも多いという。
伊豆から来た大工さんは、このように言っている。
「職人は1つの仕事が終わったら、すぐに忘れて次の仕事に向かう。でもここは、そういう関わり方ではないんです」
つながりのある人や会社から不用品や廃材が出ると運び込まれてくる。
加藤さんが、軽トラックに積まれた廃材の山を見せてくれた。加藤さんとつながりのある人や会社から、不要な材料や廃材が出ると運び込まれて来るそうだ。しかし、最初からこのように手に入ったわけではないという。加藤さんがこの元社員寮のプロジェクトの前に、初めての空き家再生として取り組んだ、逗子市小坪の一戸建てがある。長年人が住んでいなかったその家を、加藤さんはシェアハウスとして仲間たちと一緒にDIYでリノベーションした。数ヶ月かかったその工事期間中には、相当数の多様な人たちが力を貸してくれて、その中でつながりが生まれた。
加藤さんが仲間と初めてDIYで再生した空き家は、シェアハウスになった。
「1軒目の家で、プロセスに参加してもらうことで、そこに住みたい・関わりたいにつながるんだと学びました。僕はものづくりをずっとやってきた人間なので、根本にあるのは『ものづくりの楽しさをたくさんの人に知ってほしい』という想いなんです。自分自身、今まで廃材を捨てても来ました。置いておく場所がないからというのが大きな理由の一つです。でも捨てた後に、時間差でほしい・使いたいという人が出てきたりする。そこをなんとか解消したい、つなげたいと思ったときに、ある人の紹介でこの場所を使っていいよと言っていただけたんです」
まずはリノベーションに関わるプロの人に理解・協力してもらって、そこから一般の人にも伝わっていくような流れを作っていきたいと加藤さんは言う。
シェア工房になる予定の2階では、参加者各自が工夫をこらしながらDIYに取り組んでいる。
ここはリノベーション中の元社員寮の2階だ。真ん中に廊下があり、その両側に全部で8個の個室を作る計画。各個室は、ここでものづくりをしたい人たちに、プロアマ問わずシェア工房として貸し出す予定だ。入口と窓の枠だけが決まっていて、あとは各自が自由にDIYできる。
シェア工房の一室に入居する布作家さん。室内はみんなに助けてもらいながらDIYで造作
こちらはシェア工房の一室を借りることにした布作家さん。頭に巻いたアフリカンな布がトレードマークの彼女は、不要になったベビー服から色とりどりのガーランドを作るなど、布のアップサイクルを作品テーマの一つにしている。
この部屋には元々畳が敷かれていたが、フローリングを張り、廃材から拾ってきた大きな板を天板に作業台をこしらえた。
「力のいる作業や、手の届かない所の作業は、その辺にウロウロしている男の人や大工さんをつかまえて手伝ってもらえるから助かります!そのかわりに私はごはんを作ってあげたり、できることを交換し合っています」
広めの一室を2人の作り手が共同で使うケースも。
こちらは大きめの1つの個室を2人でシェアしながら使うことにしたデザイナーの女性とシーグラス作家の男性。目下、一緒に室内の壁塗り作業に取り組んでいる。
デザイナーの女性は、
「私はグラフィックデザインが本業なんですが、最近グラフィックで作ったイラストを立体にして、グッズにして販売を始めたんです。そうなるとどうしても『モノを作る場所』が必要になってきて。そんな時、たまたま知り合いのシーグラス作家の彼にお声がけいただいて、こういう場所なら気負わずに借りられると思い入居を決めました」
みんなで施工に取り組む中で、自発的に「まかないチーム」が生まれた。
建物の1階には元社員寮らしく、食堂と厨房だった場所がある。
「ここでのDIYが始まってしばらく経った時、自主的に『まかないチーム』ができたんですよ。誰からともなくごはんを作るのが好きな人達が始めてくれて。それからお昼はみんなで集まってここで食べるようになりました。ごはんを囲むと、一気に家族的な雰囲気になるんですよね。それは1軒目のシェアハウスでも目の当たりにしたことです」
と加藤さん。リーダーだからといって全てを仕切るわけではない。むしろこうしたみんなからの自発性が嬉しいと言う。
初めて参加した人も、自分なりにできることを探して居場所を見つけていく。
厨房に立つ女性に声をかけてみると、なんと、今日初めてこの場所に来たらしい。
「東京から来ました。知り合いからこんな場所があるよと聞いて。初めてなので何が何だか分からないし、DIYは上手くないので、できることをやろうと思って厨房のお手伝いをしています」
と、まだ戸惑いつつも自分の居場所を見つけて楽しそう。
自分で焙煎したコーヒーをみんなに振る舞う男性。お金には替えられないものがある。
厨房の片隅で、慣れた手つきで本格ドリップコーヒーを淹れる男性を発見。普段はカフェでも営んでいらっしゃるんですか?と尋ねると、
「いや、私は焙煎の方を。コーヒーの生豆を仕入れて自宅で焙煎し、ネット販売をしているんです。趣味の延長の複業です。焙煎したての豆で淹れるコーヒーは、やっぱりとっても美味しいんですよ。それをここに来ているみんなにも味わってほしくて。今日は暑いのでアイスコーヒーにします」
もちろんこのコーヒーはお金をとっているわけではない。ここで一緒に汗を流した仲間と、美味しさを分かち合いたい、喜んでもらいたい、という気持ちからの行動だ。それはこの男性にとって、お金には替えられない価値のあることなのだろう。
みんなで食堂に集まりお昼を食べながら、一人一人自己紹介をしていく。参加の動機は人それぞれだ。
まかないランチが出来上がり、参加者全員が手を止めて厨房に集まって来た。食卓をみんなで囲んで「いただきます!」。今日のメニューは冷たい蕎麦にきのこたっぷりのだし汁をかけて食べるかけ蕎麦と、葉山の新鮮な夏野菜のサラダ、そしてトウモロコシの入った炊き込みごはん。体を動かしているから大人も子どもも箸が進む。食べている時間は、一人ずつ順番に自己紹介をし、ここに参加して得たいことを伝え合う。
いずれは自分も家をDIYリノベーションする予定だから技術を学びに来ている、という参加者もいれば、ここに集まる人の輪や行われていることの豊かさに惹かれて、という参加者もいる。
その日のDIYの活動で得たことを3つ、各自が必ず記録に残して、施設全体で蓄積していく。
ランチが済むと、全員にお約束の宿題がある。「絵日報」というもので、大人も子どもも今日のDIYに参加して学んだこと、気づいたこと、習得したことなどを3つ、必ず書き留めるのだ。これはファイリングして、今後みんなのナレッジとして活用していく。参加者が各々自由に振舞いながらも、「場」としての資産を蓄えていく、加藤さんの仕掛けだ。
「ものづくりの楽しさを伝えたい」が加藤さんの根っこにある想い。
元社員寮をDIYリノベーションしたシェア工房「葉山ファクトリー」。ここでシェアされているのは決して物理的な「場所・スペース」だけではない。目には見えないが大切な知恵、技、思いやりの気持ち、一緒に過ごす温かい時間など、昔は地域での農作業や普請といった共同作業を通じて自然とシェアされて来たものが、形を変えてここにはあるように感じる。
「楽しみとは、つくり出すもの。そう僕は思うんです。与えられるものや買うものではなく。つくる人、つくる喜びを増やしていきたい。ここはそのための場所です」
と加藤さん。
空家レンジャーのこのプロジェクトは現在、DIYのための様々な道具や材料を揃えるためにクラウドファンディングで資金を募っている。この場所はもしかしたら、明日のあなたや、子ども達のための場所になるかもしれない。みんながそれぞれの立場と方法で参加していく空き家再生は、ハロー!RENOVATIONをまさに具現するような取り組みだ。興味を持った方は、ぜひあなたなりの方法で参加してみよう。自分らしく自発的に関わりながら人と何かを共創する楽しさを体感できるはずだ。
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*葉山ファクトリー
*「すてる」と「つくる」をつなぐ未来のものづくり拠点を!空家レンジャーがつくる!
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