【インタビュー】LIFULL HOME’S総研 島原万丈さん(1)「センシュアス・シティ(官能都市)は“私”が幸せになれるまち」

センシュアス・シティ(官能都市)という言葉を知っているだろうか?  LIFULL HOME’S総研が2015年9月に発表したリポート「 Sensuous City [官能都市] ―身体で経験する都市;センシュアス・シティ・ランキング」によって、生まれた言葉だ。

センシュアス(官能的)な“まち”と聞くと、ちょっと不思議に思うかもしれない。「恋に発展する出会いがあるまちのこと?」……そんな想像が生まれそうだ。実はそれも正解なのだが、ここでいうセンシュアスという言葉には、もっと広い意味がある。

今回はリポートを作成したLIFULL HOME’S総研の島原万丈さんに、まちの魅力を測る指標としてセンシュアスという言葉を選んだ意味や、調査のくわしい内容をきいた。

vol.2 | 無個性な開発のブレーキになり得るのは、そのまち“らしさ”の醸成

<プロフィール>島原万丈(しまはら まんじょう)
1989年株式会社リクルート入社、株式会社リクルートリサーチ出向配属。以降、クライアント企業のマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略のプランニングに携わる。2004年結婚情報誌「ゼクシィ」シリーズのマーケティング担当を経て、2005年よりリクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社ネクスト(現LIFULL)HOME’S総研所長に就任。ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。

「Sensuous City[官能都市] ―身体で経験する都市;センシュアス・シティ・ランキング」。リポートはリンク先で公開されている。

ーーLIFULL HOME’S総研では、住まいについてのさまざまなリポートをまとめられていますが、センシュアス・シティという指標を発明されたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

いま東京は再開発ラッシュで、あちこちで巨大な新築ビルやマンションが建てられています。一方で、多くの人が路地裏や横丁の空気感に居心地のよさを感じ、愛していることも事実です。そうでなければ、葛飾区の京成立石の飲食街としての盛り上がりもないでしょうし、新宿のゴールデン街が観光資源として注目されることもないでしょう。

ただ、その“よさ”を可視化して共有できる指標がないと、価値の流通範囲がとても狭いんです。今まで路地裏とか横丁の良さは、なかなか表立った価値としては評価されてきませんでした。「それはお前の趣味だろう、ノスタルジーだろう」と言われてしまうんですね。

古い木造密集地が典型ですが、地震や火事に弱くて土地の有効利用がされていないダメなまちとして、躊躇なくスクラップアンドビルドされてしまう。そこを変えたいと思いました。

ーー近年は再開発によって、趣のある横丁がどんどん失われていますね。

経済的な原理に即して考えれば、小さな古い建物が密集したまち並みを潰して容積率をあげれば、資産価値も上がる。でもそれだけが指標だと、当然古いまち並みはどんどん失われていきます。

そういった傾向に対して、古くからあるまち(=不動産ストック)を活かそうとすれば、古いまちの価値を客観的な指標によって示し、流通させる必要がありました。そこで提案したのがセンシュアス・シティという指標です。

“心地よさ”という主観を、客観的に示す物差しを発明

古い横丁の風景は、惜しまれつつも再開発によってどんどん失われている。

ーー古いまち並みが与える“心地よさ”は、主観的な感覚。それを客観的に示すのは難しかったのではないでしょうか。

そこで考えたのが、「動詞を物差しにすること」です。「◯◯をした」という動詞は極めて個人的な経験ですが、客観的な事実でもあります。好きや嫌いは時と場合で揺れ動くけれど、経験の有無は揺るがない。だから客観的な指標になりうると考えたのです。具体的には、「関係性」と「身体性」という大きな二つの要素から4指標ずつ合計32項目の行動指標を設定し、そのまちに住む人にアンケートをとりました。

指標のなかには「刺激的で、面白い人達が集まるイベント、パーティに参加した」「遠回り、寄り道していつもは歩かない道を歩いた」「不倫のデートをした」などの指標があり、それぞれの行動を自分が住むまちで過去1年以内にした頻度を回答してもらいました。

 

合計32項目の行動指標を設定して、アンケートを取った

実は従来の住みやすさを測る指標は、「何々がある」なのです。「病院がある」とか、「公園がある」とか、「駅が近い」……という指標ですが、それらの主語は全て“物”や“箱”ですよね。対して経験が指標になると、“私”が主語になる。この違いが決定的だと、僕は思っています。まちは、最終的には“私”が心地よく幸せであるべきではないでしょうか。

ーーいろいろな“物”や“箱”があっても、“私”が幸せでなければ意味がない……。確かに昨今の都市開発には、その視点が抜け落ちているように感じます。

実際に調査をしてみて、いろいろと発見がありました。もともと既存のメディアが発表するランキングとは、違う都市がランクインするだろうなとは、考えていたのですが……。

文京区が一番だったり、金沢が東京・大阪などの中心部を抑えて8位に入ったり。静岡市や盛岡市が福岡市や仙台市より上位にランクインしていたなど。それぞれの街を訪れてみると、なるほどと納得する部分がありますね。

例えばウォーカブルなまちや、ローカルフードが充実しているまちが上位にきて、逆に大都市であっても車社会のまちは、すごくランキングが低くなっていました。ある程度の想定はしていたのですけど、比較的そこがはっきり出ていました。そこで、自分でも体感的に「この指標は信頼できる」と感じたのです。

実は、センシュアス度をランキング方式で発表することには、葛藤もありました。従来の評価軸を変える新しい物差しを入れてまちの魅力を測っても、ランキングで発表するとまた別の一元化を招いてしまう可能性もあるわけですよね。

これって従来の住みやすさランキングとか住みたい街ランキングを批判しながら、また別のランキングを出すというようなことにもなりかねない。その懸念はあったのですが、そこはあえて従来のランキングに当てる見せ方で発表しました。

センシュアス・シティ上位都市。1位文京区、2位大阪市北区、3位武蔵野市、4位目黒区、5位大阪市中央区……と興味深い結果になっている。

ーーその方がキャッチーですよね。

はい、広く知ってもらうために、意図的にバズを生む見せ方をしました。ただ、一度ランキングを発表すると「毎年やるんですか」とか「何年に1回やるんですか」と訊かれるのですが、そういうことは今のところ考えていません。そうするとランキングが上がった・下がったという議論になってしまうからです。

ランキングを作っておいて言うのもアレですが、どんな街だって自分の心持ちを変えるとか、自分の関わり方を変えるとか、目線を変えるとかすれば、違う風景が見えてくる。そうでないと、LIFULL HOME’S総研がセンシュアス・シティ・ランキングを出した。「じゃあ一番センシュアスな文京区が良いのね、文京区に住めば幸せになれるのね」っていう流れになってしまう……。決してそうではないと思うんです。

ーー毎年ランキングを発表したら、そんな事態にもなりかねません。ではどんな受容のされかたが望ましいのでしょう? そのあたりもうかがいたいです。リポートを発表されたのが2015年。発表当時の反響はどうだったのでしょうか。

想像以上に好評な反応を頂きました。再開発を推進している行政や、それで潤っている不動産業界の人からは、怒られるだろうと思ったんですけどね。良くても無視されるか。それが意外や意外、かなりウケたんです。

僕らの同世代とか、ちょっと下の世代で街づくりやリノベーションをやっている人たちにウケるのは、分かるのですが……。国土交通省などの行政や、超大手デベロッパーや、大手ゼネコン、大手設計事務所。こういった方々にもとてもウケが良いのですよ。「個人的には、こういう指標で評価される街が良いと思っていた」っていうようなことをおっしゃる方が、すごく多かったのです。

ーー指標が出たことで、現場の人が想いを表現しやすくなったわけですね。しかもリポートのなかでは、まちのセンシュアス度と定住率が連動していることも、データで裏付けられています。まちづくりの担い手としても、無視できないでしょうね。リポートの発表から2年経った今、センシュアス・シティの指標は、どのように浸透していると感じていますか。

都市を「センシュアスかどうか」とう視点で測る目ができたのは、予想を超えた成功だと思います。「それセンシュアスじゃないよね」とか、「ここはセンシュアスだよね」という言い方が、ごく一部とはいえ、通じる世界ができた。

実は大手町・丸の内・有楽町地区の企業や団体で構成されている「大丸有まちづくり協議会」が、センシュアス・シティの指標を少しチューニングして、六本木とか渋谷とか品川などの首都圏のオフィス街を調査したというのです。そういう使い方は、とてもおすすめしたいですね。実は「大丸有まちづくり協議会」の事務局は三菱地所さんなのですよ。

ーー三菱地所という大手デベロッパーが、センシュアス・シティの指標を応用しはじめたところに、驚きを感じます。それだけ、現代のまちづくりにおいて、必要とされていた指標だったということですね。

 


歩いて楽しい、おいしいものがある、素敵な出会いがある……。そんなまちの心地よさを計測調査したセンシュアス・シティ・ランキングは、まちづくりの担い手たちに大きなインパクトを与えた。

今まで「ノスタルジーだ」「好みの問題だ」と片付けられがちだった、既存のまちなみへの愛着。それがデータとなって可視化され、街の定住率とも連動していると証明されたことで、これからのまちづくりの新たなよりどころとなりつつあるのだ。

後編では島原さんにセンシュアス・シティという指標の、まちづくりへの活用法について、お話をうかがっていく。

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