泊まれる「お屋敷」はどうやって生まれたのか? 大船・甘糟屋敷の今とこれから

鎌倉の北東部に位置する大船。横浜との市境にあり、駅前には下町の風情が残る。駅東側に広がる住宅街の一角にあるのが、1708(宝永5)年に建造された「甘糟邸」だ。屋敷の南北には「切通し」があり、ここが交通の要所であったことも分かる。

そんなこの土地を代々見守ってきた甘粕家の「お屋敷」が、2023年春「泊まれる研修施設 甘糟屋敷」に生まれ変わった。古民家の再生や活用というと数十年、100年くらいの築年数をイメージするだろうが、こちらはそれよりもはるかに古い築300年超。スケールも異次元で、約1,000坪という広さも圧巻だ。

【泊まれる】【研修施設】のコンセプトはどのように生まれたのか。開業までの道のりや周囲の反応、将来像を当代の甘粕知一郎さん、施設を運営する株式会社グッドネイバーズの小林徹也さん・池上孝政さんに聞いた。*以下敬称略

「時が止まっている空間」

――まず、運営に携わるお二人に聞きます。初めてこの場所に来た印象はどうでしたか?
小林:「広い!」というのが真っ先に出た言葉です。住宅街を抜けてたどり着いた「圧倒的な非日常感」とでも言うのでしょうか。長屋門をくぐると空気が変わるような感じ。そのスケールは、自分が今まで見てきた古民家(古いお屋敷)とは全く別次元でした。

池上:やはり、この門構えに圧倒されて、映画のセットのような、「時が止まっている」感覚になりました。庭師さんが丁寧にメンテナンスをしていて、管理が行き届いてることにも感動しました。

*長屋門とは文字通り、使用人や門番の居住する長屋が併設された屋敷の門。その意匠や構造は家の格式によって細かく決められていた。甘糟屋敷の長屋門は母屋とともに1985(昭和60)年に改修されて今の姿になっている

――建物を継いでいく重みというものもあるかと思います。甘粕さんにとって、この屋敷はどのような存在ですか?
甘粕:私の祖先たちが苦労して残し、関東大震災にも耐えた建物です。その後も補修と改修を繰り返してきました。何とか後世に引き継いでもらいたい、と心血を注いで維持してきた、大切な家族のような存在です。

近年は、建物の本来あった形状を維持しつつ、現代の生活に合うように冷暖房を設置するなど、セカンドハウスかつ親戚一同の集まれるスペースとして、活用してきました。庭園は梅もぎなど近隣の方々や知人に開放することもありました。

土間や広間、庭の竹林……パリッとした空気をまとう不思議な空間

――活用のアイデアはどのように浮かんだのでしょうか?
池上:当社代表が登壇した空き家活用の講演会に(甘粕さんが)参加されたのが最初のきっかけ。地元・鎌倉の会社ということもあり、相談につながりました。ざっくりと、「建物を活用したい」とのイメージからのスタートでした。開業から2年くらい前のことです。

小林:当社では鎌倉市の景観重要建築物に指定されている築100年超の古民家「旧村上邸」を―鎌倉みらいラボ―として運営しています。能舞台や茶室を備えており、ワークショップやお茶のお稽古だけでなく、企業の研修スペースとして活用してもらっています。都心から少し離れた空間で行うオフサイト研修で、いつもとは異なるクリエイティブな発想が生まれるなど、場の効果を生んでいます。

ただ、近隣に暮らしている方の配慮から、ここを利用できるのは午後5時まで。利用された企業さんからは「研修の流れから宿泊ができないか」という声もあり、「泊まれる研修の場」のニーズを感じていました。そんな経緯もあり、このようなコンセプトで運営するのはどうか、と提案しました。

甘粕:周りは竹林や梅林に囲まれた自然豊かな空間があり、そこに存在する古民家での研修は、日常とは全く異なった異空間での体験ではないでしょうか。個人や社会に役立つ新たな発想や発見につながるといいなと感じました。

古民家活用の新たなモデルケース

――開業までの道のりはどうでしたか?
池上:当社は葉山でも古民家宿泊施設を運営しており、住宅民泊事業法における管理業者の登録があるので、「泊まる」ことに関しては実績があります。ただ、もともと住宅だった古い建物なので、消防などの指導が厳しくなり、対応に時間がかかりました。

小林:建物はできるだけ往時のままにして、大きな改修はしませんでした。もともと、土台がしっかりしているうえに、甘粕さんが丁寧に使われていたので、それを「どう見せるか」というのが私たちのミッション。畳の間や襖、縁側など日本の古い建物が持つ‟しつらえ”の良さと「泊まる」「学ぶ」場所としてのマッチングに頭を使いました。コンセプトも含めて、古民家活用の新たな良いケースになったと思います。

――開業から約3カ月、手応えや利用者からの反応は?
小林:当初から想定していたのがインバウンドの宿泊客。割合で言うと、台湾や中国の方からの注目が高いです。研修に関しては、まだまだ試行錯誤中というところ。「鎌倉  研修」などのキーワードで検索されることも少なくないのですが、もっと知名度を上げたい。「非日常的なこんな場所で仲を深めることができて、さらに泊まれる」という他にはない要素をどうやってアピールすればいいのか。需要の掘り起こしやPR方法など、あれこれ考えているところです。

池上:甘粕さんとは、開業後も定期的に相談や報告をしながら、一緒にアイデアを練っています。畳敷きでのテーブルの置き方……といった細かい部分だったり、宿泊客向けに「井戸を使ってスイカを冷やしたり、日本の昔の体験ができるコンテンツがあると良いね」などと、話し合っています。知恵を出し合いながら協力して、新しいこの場を作っています。

甘粕:周知も含めて、まだまだこれからだと思います。立地が良いので、利用していただいた方々が「使ってよかったな」と思い出に残るような施設になるよう、移動手段の確保や食の提供、イベントなども充実させていけたらと考えています。

丁寧に管理された庭も趣のひとつ

「地域」もキーワードに

――屋敷の近くには禅宗の古刹・常楽寺や切通しがあり、住宅街のなかにも歴史が息づいています
池上:開業のもう一つのコンセプトが「Rediscovery(再発見)」です。屋敷のスケールを見せたくて、施設紹介動画はドローンで撮影しました。建物の周辺は映していないのですが、実際に俯瞰すると住宅街の一角にあることが分かります。建物としては300年余、甘粕家としてはそれこそ数100年以上、この大船に息づいているのです。地域にただ「ある」だけではもったいない。「この地域にとって、甘糟屋敷はどんな存在か」。自分たちに投げかける部分でもあります。

小林:門をくぐった時の非日常感、宿泊施設としての体験はもちろん大切にしたいのですが、周囲と隔たれた存在…というのも少し違うような気がします。ここはかつて、地域のための場でもあったと聞いています。再発見という言葉には「研修などを通した自己分析」のような意味合いはもちろんですが、「大船やこの地域をもっと知ろう」という思いもあるのです。この屋敷の付加価値はいくつかありますが、「鎌倉・大船」を深く知れるような発信もしていきたいです。

池上:施設では、当社のサービス「EATLO」を使うことができます。湘南エリアの料理人による出張ダイニングで、地場の食材をふんだんに使ったメニューを提供しています。プロの技+湘南の「食」というコンセプトで「泊まれるレストラン」を楽しんでもらいたい。これも大きな「再発見」の体験。そういう発信も続けていきます。

――300年という重みや歴史を新しい形でどのようにつないでいくのか。そんなミッションもあるように思います
小林:歴史を預かる重みを日々感じています。施設を長く使い続けられるように保全していくことも大切ですが、周りの人に応援してもらう、この先100年も一緒に育てていく―。そんな関係性が築ければいいなと思います。

池上:甘糟屋敷と地域、企業をつなぐことで、好循環が生まれるといいですね。研修ひとつとっても、自分たちが想定していないニーズがあるかもしれません。初夏の時期には「梅もぎ体験」を行いましたが、地域にも開いていくような企画や、場の提供にとどまらない動きができればと思います。

甘粕:時代に適応した柔軟さを持ちながら、大切に活用・維持していただきたいです。

運営管理担当の小林さん(左)と池上さん

甘糟屋敷ホームページ
https://amakasuyashiki.com/

株式会社グッドネイバーズ
https://good-neighbors.link/

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