空き地活用がもたらすコミュニティとそれ以上。 葉山小屋ヴィレッジ

空き地に「小屋」という不動産を設置して期間限定のイベントを行う。2014年春に神奈川県三浦郡葉山町で開催された「葉山小屋ヴィレッジ」は、その先駆的な事例だ。仕掛けたのは鎌倉を拠点に不動産・建築・まちづくり事業を行うエンジョイワークス。この事例の面白い点は、イベントの成果がその時の動員数や売り上げといった一過性のものに終わらず、そこで生まれた種が新たな展開を呼び、その後のより大きな事業へとつながっていることだ。一体どのようなプロセスを経て、空き地が持続的な価値を生む場へと進化したのか? 不可欠な要素を洗い出す。

大きな土地には、元は別荘だった古い平屋が建っていた。
売主が周囲の景観を慮り分割しての売却を望まなかったため長く買い手が付かなかった。

空き地の文脈を理解する

433㎡というその大きな土地は、葉山御用邸からほど近い場所にあった。海に面してはいないが、2分も歩けば、葉山公園そして大浜海岸へと出る。葉山のまち並みには明治中期から、半農半漁の素朴な景観に、別荘文化の華やかさが入り混じるようになる。別荘はその周囲を「佐島石」という三浦半島特産の石を積んだ石垣と生垣・竹垣で覆っていることが多く、もとは漁村の細い田舎道の両側に建ち並んだ別荘によって、今なお残る「葉山の小径」の風景が作られていった。そして別荘で過ごす人々と土着の人々は互いに持ちつ持たれつ仲良く共生する葉山の風土を育てていき、その流れは現在に至るまで続いている。

小径を通って海に出る、どこか懐かしい葉山の景観。

この土地には、元は別荘として使われていた古い平屋が建っていた。幼少期をそこで過ごしたという売主は、再利用が難しい状態になっていた平屋は解体したものの、この大きな土地を小さな土地に分割して売却することを拒んだ。この辺りの住民が、小径に代表される昔のままの景色や、御用邸の付近ならではの品のある空気感をこよなく愛していることをよく知っていたからだ。だからこそこの辺りの地価は高く、サイズが大きくなれば必然的に誰でも買える価格ではなくなる。

そのような理由でこの土地は長い間、手付かずのまま空き地となっていた。この土地を預かっていたエンジョイワークスは、高齢の売主のことを思い、お元気なうちに良い形で売却をお手伝いしたいと考えていた。「良い形」というのは先述したような「この土地の文脈を理解し、購入後もその文脈から外れた活用をしない」買い手を見つけることだ。

表通りから細く入り組んだ道を奥に進まないとたどり着けないこの土地の前を通るのは、ふだんは近隣住民だけ。それでは可能性は広がらない。そこでエンジョイワークスは、できるだけ多くの人にこの土地を知ってもらうためのプロモーションを仕掛けることにした。それも大勢に広告を打つ、というようなありがちな方法ではなく、この土地の文脈を分かってくれる感性を持つ人に届くようなやり方で。

それが「葉山小屋ヴィレッジ」のプロジェクトだった。

プロジェクトの始まりにあったのはこの絵だけ。この絵をもとに関わってほしい人に思いを伝え、巻き込んでいった。

みんなで小屋づくり

空き地に小屋の村をつくるにあたって、エンジョイワークスが重要視したのは「いろんな人を巻き込む」ことだ。声をかけたのは、葉山をはじめとした湘南エリアを拠点に活躍する地元のアーティストやクリエイターたち。アイアン作家やスタイリスト、アートデイレクター、オーダーメイドの家具工房、塗装の職人集団などに、自分の作品としていくつか小屋をつくってもらうことで、小屋ヴィレッジ全体の完成度が高まるし、彼らのファンが足を運んでくれることにもつながる。同時に小屋の材料は、足場板などの建材を扱う会社や付き合いのある工務店に思いを伝え、サンプル品などを提供していただくことで集めていった。

スタイリスト石井佳苗さんによる小屋「Uguisu」の制作風景と、葉山在住のアイアン作家 橋本大輔さんのキューブ型の小屋。どちらもWOODPROさんの足場板を材料に。

YADOKARI小屋部や近隣住民からたくさんのボランティアが集まった。さらに、ミニマルライフを提唱している人気メディア「YADOKARI」に紐付く「YADOKARI小屋部」にも声をかけ、DIYで小屋をつくりたいという有志ボランティアを募ったところ、遠く県外からも多くの参加者が集まった。毎週末、数回に分けて開催した小屋づくりのワークショップには近隣住民も加わり、地元の大工さんや工務店に講師を務めてもらいながら、地元の人と外部から来た人とが一緒になって小屋づくりを進めた。つくる過程に関わることで愛着が生まれ、参加者同士も仲良くなり、その後の交流や口コミなどにもつながっていった。同時にこうした一連の出来事を、専用のFacebookページを立ち上げ日々発信し、葉山小屋ヴィレッジへの関心と期待を高めていった。こうして空き地には個性豊かな7つの小屋が完成した。

完成後の小屋では、週末に希望者によるさまざまな小商いを開催。さらなる広がりが生まれた。

完成後の小屋で地元のアートフェスに合わせて小商い

葉山町にはもう20年以上続いているアートフェス「葉山芸術祭」がある。芸術祭の開催期間には葉山のいたる所で個人宅が開かれ、アートの展示やワークショップの会場となる。まちに点在するアートを追って、日頃は通らないような小径や裏道を歩くことで、失くしたくない葉山独特の風景、歴史、人や暮らしの空気感といった地域資産に気づく機会にもなる催しだ。そしてこの葉山芸術祭は、著名な外部のキュレーターなどを起用するのではなく、あくまで葉山の住民たちが有志で組織する実行委員会によって運営されているボトムアップ型の芸術祭である点が、全国的に見ても珍しい。

葉山小屋ヴィレッジのプロジェクトは、この地元密着型の芸術祭の開催期間に照準を合わせて進められた。この期間にはまちの内外から多くの人が葉山に集まる。しかも葉山の文脈を理解するのにぴったりのまち歩きが行われる。この期間中に、葉山小屋ヴィレッジでは、完成した小屋を使って小商いやワークショップをやってみたいという人に1日1000円という気軽な料金で場所を貸し出し、多彩な催しが、入れ替わり立ち替わり開催されるようにした。この様子もFacebookページで発信し、小商い人がそれをシェアすることでさらに多くの人に知ってもらう機会が増えた。

葉山小屋ヴィレッジには、約1ヶ月半に渡るイベント開催期間中に、のべ1000人を超える人が訪れた。それまでは近隣住民が1日に数名通り過ぎるだけだった空き地に、である。また、この葉山小屋ヴィレッジの来訪者の中には、この地域にこうした人と人との温かいつながり・生きたコミュニティがあることに感動し、住んでいた家を売って引っ越してくる人まで現れた。空き地に生まれた期間限定のコミュニティが、この地域に息づく本物のコミュニティの存在を強調して感じさせ、移住者までも呼び寄せたのだ。

葉山小屋ヴィレッジをきっかけに出会った事業者がこの土地を購入し、3棟のヴィラからなる宿泊施設を始めた。

そして空き地は、地域に溶け込むホテルへ

葉山小屋ヴィレッジには多くの人が訪れたが、その中には投資家もいた。エンジョイワークスがイベント開催期間中に、この土地とその周りに付随する有形無形の魅力をリアリティと共に感じてもらおうとセッティングしたのである。

投資家の視点で見ると、この土地はまず立地に大きな価値がある。湘南の海沿いを走るR134と海までの間に位置する土地はただでさえ限られており、葉山の中でも特に人気で地価が下落する可能性は極めて低い。そこに433㎡という広さで存在していること自体が奇跡的だ。しかもR134から一本奥に入っており、海は至近距離にあるものの面していないため静かで落ち着いた環境が保たれている。さらには用途地域が第一種住居地域で、宿泊業の営業が可能なのだ。

“都会の喧騒を忘れて葉山の海と緑に包まれながら、まるでこの地に暮らすように滞在する、自分の別荘のような宿泊施設。”

そんなコンセプトが成立しそうだ。世界的に美しい海と御用邸を中心に育まれて来たこのエリアの風土や文化が、上質な客層を呼び寄せてくれることも期待できる。

そのようなゆったりとした滞在を叶え、同時に周囲の景観や空気にも違和感なく馴染む建物の在り様を検討していくと、それは大型のビルタイプのホテルではなく、少数の独立した住宅のような建物からなるヴィラタイプがふさわしいということになった。投資サイドとして将来的な出口を見据えた場合も、ヴィラだった建物をそのまま通常の住戸として再販売できるのも事業面ではポイントになった。

地元のスタイリストやクリエイターたちが協業した3棟のヴィラの内部はそれぞれテーマやしつらいが異なる。

葉山小屋ヴィレッジから約2年後、2016年8月に完成した宿泊施設は、3棟の木張りの一戸建てが、広い敷地を生かして植栽とデッキでゆるやかにつながりながら配置され「The Canvas Hayama Park」と名付けられた。ヴィラの建物サイズは延べ床面積24坪(約80㎡)、27坪(約90㎡)、30坪(約100㎡)とバリエーションがあり、室内もそれぞれ異なるテーマのもとで個性的に仕上げられた。施工には葉山小屋ヴィレッジにも参加した地元のスタイリストやアーティスト、クリエイターが再び協業している。施設全体の設計デザインとコーディネートはエンジョイワークスが行った。

施設の運営が始まると、レセプションや清掃などの仕事を近所の主婦たちが請け負ってくれたり、近隣住民が遠くから遊びにきた友人や家族を、部屋が足りないからとThe Canvasに宿泊させたりするようになった。建物としてまちの景観に溶け込むだけでなく、雇用や利用の面においても「地域のゲストルーム」として機能するようになったのだ。こうした近隣との信頼関係やつながりは、事業を持続的に行っていく上では欠かせないものである。

事業者だけが主体となるのではなく、空き家や空き地は地域とともに活用して行くことが重要。

地域とともに新たな拠点としてつくり育てる

以上のような経緯をたどり、期間限定で葉山小屋ヴィレッジを開催した空き地は、一過性のお祭りの場所ではなく、その後の持続的な事業用地へと発展を遂げた。一般的な開発業者のやり方とは一線を画し、まずはこの土地の文脈を深く理解した上で、イベントをきっかけにこの土地に愛情を持って関わってくれようとするコミュニティを醸成し、持続的な信頼関係を育みながら、文脈から外れない形で地域にも投資家・事業者にもメリットのある施設・場を関係者みんなで生み出していったのが「葉山小屋ヴィレッジ」プロジェクトだ。地域の空き地を真ん中に置いて、その周りに立場の違う人々と、利益だけではなくエモーショナルにつながった「共創」の輪をいかにつくるか。その輪のつくり方こそ、この空き地のリノベーションが成功した最も重要なポイントと言えそうだ。

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*The Canvas Hayama Park 公式サイト
https://thecanvashotel.jp/

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