【FUND STORIES Vol.1】 旧村上邸―鎌倉みらいラボ― 〜歴史的建築物を官民共創で次の100年へ〜

ハロー!RENOVATIONでこれまでに組成したファンドを振り返り、プロジェクトの背景や現在、地域で生まれた変化を深掘りするシリーズ。第1回目は2019年に成立した「鎌倉・旧村上邸再生利活用ファンド」。歴史的建築物を未来へつなぐ、官民共創の挑戦をご紹介します。

この景色を残したい。 一人の女性の願いを「つないだ」物語

鎌倉市・西御門。源頼朝の墓所がほど近い、静かな谷戸の一角に、その邸宅はひっそりと佇んでいます。明治末期に建てられた和風木造住宅「旧村上邸」。竹垣に囲まれた門をくぐると、家一軒が建つほどの前庭が広がり、奥へ進むにつれて田の字型に連なる和室、複数の茶室、そして──能舞台へとたどり着きます。能舞台まわりだけで約55帖。静かな住宅街にこれほどの場所があったことに、誰もが驚きを覚えるはずです。
ここで長年暮らした村上梅子さんは、能や謡曲の会、茶会を催しながら、この屋敷で流れる時間を丁寧に守り続けてきました。亡くなる前、梅子さんが遺したのはシンプルな願い──「この景色を残してほしい」という一言でした。その言葉を受け、2016年に建物と土地は鎌倉市に遺贈されます。しかし、ここから先が難しかったのです。

歴史的建造物の「維持できない」という現実

「残したい」という思いは、市民も行政も同じでした。けれど現実として、旧村上邸ほどの規模の建物を維持・管理し続けるには、相応のコストがかかります。この問題は、旧村上邸だけの話ではありません。全国各地で、歴史的な建物が「保存か、解体か」という二択に直面し、誰も住まない・誰も使えない状態のまま朽ちていく姿は珍しくありません。「残したいけど、維持できない」──この壁を、どう乗り越えるか。鎌倉市が選んだのは、行政が一人で答えを出すのではなく、「対話から始める」道でした。

改修前の旧村上邸。建物の記憶を受け継ぎながら、新たな活用への検討が始まりました

前例のない官民連携のはじまり

市はまず「対話型市場調査」を実施します。広く民間からアイデアを募り、対話を通じて活用の可能性を探るこの手法は、行政がよく使う「要件を決めてから公募する」やり方とは一線を画すものです。鎌倉市は内閣府から「SDGs未来都市」に選定されており、旧村上邸はその象徴的な事業として位置づけられることになります。単なる古民家の保存事業ではなく、「社会・環境・経済の三側面を循環させるSDGsのショーケース」として注目を集めることになったのです。
こうした流れのなかで、公募型プロポーザルに選ばれたのがエンジョイワークスでした。「この建物をどう使うか、私たちだけで決めたくなかった」。そこで掲げたのは「コレクティブ・インパクト」という考え方。立場の異なる市民・行政・民間事業者が、共通の目標に向かって一緒に動いていく仕組みです。そのために、公募が決まる前から地道な下準備が始まっていました。

共創の種まきと、広がる仲間の輪

エンジョイワークスは公募前から独自に「旧村上邸の活用を考える会議」を開催し、地域住民とともにアイデアを出し合いました。その後も「旧村上邸アップデートプロジェクト」と題したイベントを重ね、神奈川県産木材を使った家具づくり、庭師に学ぶ日本庭園の手入れなど、関わりたい人が関われる場を作り続けました。
そして、もう一つの関わり方が「投資」です。2019年3月、「ハロー! RENOVATION」で「鎌倉・旧村上邸再生利活用ファンド」を募集しました。900万円の目標募集額に対し、79名の方々からご出資いただき120%を達成!出資者は投資家イベントや施設づくりのワークショップにも参加し、単なるお金の出し手ではなくプロジェクトの「共創者」として関わることができる仕組みです。

「鎌倉・旧村上邸再生利活用ファンド」
https://hello-renovation.jp/renovations/1465

施設名称も、こうしたイベントの参加者たちのアイデアから生まれました。「旧村上邸」という名前には、梅子さんへの敬意と建物の記憶を。「鎌倉みらいラボ」には、ここから持続可能な未来を生み出していくという意思。二つの言葉を合わせた「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」という名前は、こうして多くの人の声から生まれました。
2020年には、持続的なまちづくりの仕組みを波及させるSDGsの実践事例として、第17回土地活用モデル大賞(主催:一般社団法人都市みらい推進機構、後援:国土交通省)で「都市みらい推進機構理事長賞」を受賞しました。

地域住民や参加者とともに旧村上邸の未来を考えるワークショップを複数回開催してきました

「ビルの会議室とは違う空気感」が生む新たなアイデア

現在、施設は企業研修やオフサイトミーティング、瞑想会、お茶会、自治会の定例会など、多彩な場面で活用されています。「ビルの中とは違う空気感の中で研修を行うことで、新しい発想が生まれる」と利用者は語ります。四季折々の南庭を望む空間は、日常の会議室にはない落ち着きと集中を生み、2023年10月のファンド運用期間終了後も、旧村上邸の「共創」は形を変えながら続いています。

もうひとつ共創の一例が、就労体験プログラム「ダウンインターン」です。中心となっているのは、一般社団法人IKKA(代表・久保雅美さん)。ダウン症のある子どもたちの強みを活かし、活躍の場を広げることを目的に、保護者が2017年頃に立ち上げた団体です。支援学校卒業後の「働く場所」の選択肢を増やす活動を続けています。
旧村上邸でのミッションは、邸内の清掃や庭の除草作業。拭き掃除や掃き掃除に加え、エンジョイワークスのスタッフが付き添いながら庭の手入れにも取り組みます。旧村上邸は、「社会と交わり、働くことを体感する機会をつくりたい」という親たちの思いを実現する場の一つとなっています。

(写真左)企業研修でも活用される能舞台(右)就労体験プログラム「ダウンインターン」で清掃活動に取り組むIKKAの参加者

使いながら、未来につなげる

梅子さんが願ったのは、「この景色を残してほしい」という、ただ一つのことでした。その願いは、鎌倉市との官民連携、ハロリノのクラウドファンディング、市民参加型のイベントを通じて、「多くの人が関わることで持続する場所」へと育っています。歴史的建造物の保全は、行政だけでも、民間だけでも、資金だけでも成し遂げられません。けれど、関わる人が少しずつ増えれば、建物はただ「守られる」のではなく、「使われながら生き続ける」ことができます。
旧村上邸―鎌倉みらいラボ―は、その可能性を示すプロジェクトです。歴史を未来へつなぐ挑戦は、これからも続いていきます。

▼ 旧村上邸―鎌倉みらいラボ― 公式サイト

kamakura-mirai-lab.com

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