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荒廃したブルックリンをリノベーション!? きっかけは伝説のアートイベントだった

ハロリノ編集部

「ブルックリン」(Brooklyn)はアメリカ・ニューヨーク市にある地区の名前で、マンハッタンから公共交通機関を使って40分ほどのところにあるエリア。アフリカ系アメリカ人をはじめとするさまざまなルーツをもつ移民たちが住む地域であり、マンハッタンとはひと味違う独自性のある文化発祥地でもあります。
近年では、「おしゃれな街」との評判も高まり、流行への関心の高い人々にとっては憧れの街として知られるようになりました。実は、そんなブルックリンのイメージ作りに一役買った伝説のアートイベントがあるのをご存じでしょうか。

 

ダンボ地区の歴史

(c) DUMBO Arts Festival

 

そのイベントは、ブルックリンのダンボ地区(DUNBO)で1997年に始まったアート・イベント「ダンボ・アートフェスティバル」(DUMBO Arts Festival)。この可愛らしい「DUMBO」という地名は、「マンハッタン橋高架道路の下」(Down Under the Manhattan Bridge Overpass)という言葉の頭文字を取って付けられたのだそう。

 

(c) DUMBO Arts Festival

 

97年当初は草の根的に始まりましたが、2010年代には3日間のイベントで20万人以上を動員するほどのモンスター・イベントに成長しました。そしてこのイベントの成長は、ダンボ地区の街としての発展と密接にかかわっているのです。

 

(c) DUMBO Arts Festival

 

そもそもダンボ地区を含むブルックリンは、産業地帯として発展していった地域でした。1919年の記録では、主に印刷や出版、靴などに関する7000もの工場や工業施設がひしめき合っていたのだとか。しかし、アメリカ大恐慌時代の直前である1920年代には、そのうちの多くの工場は閉鎖と移転を余儀なくされ、ダンボ地区は抜け殻のような場所に。荒廃したダンボは、その後数十年も人々に忘れられたエリアとして放置されていたのです。

 

 

治安が悪化し、放置された道端のゴミから悪臭がただよう、スラムのようだったダンボ地区にターニング・ポイントが訪れるのは1970年代。駆け出しのアーティストや表現者たちが、ダンボ地区に移住してくるようになったのです。理由は、家賃の安さと、元工業地帯だった故の建物の大きさ。アーティストたちにとって、元工場が多いダンボ地区は、大きな作品を作るためのアトリエに理想的な物件を有する場所だったのです。

 

アートフェスティバルのきっかけ

(c) DUMBO Arts Festival

 

そしてついに、ダンボ在住のアーティストたちが、自分たちの作品を多くの人々の目に触れさせようと1997年に「The Dumbo Art Under the Bridge Festival」を開催します。ここからダンボ地区の運命は大きく変わっていきました。

 

(c) DUMBO Arts Festival

(c) DUMBO Arts Festival

 

アトリエでの作品展示のみならず、ファッションショーやライブ演奏まで何でもありの3日間。屋外での大規模なアート展示も、人々に「ダンボ地区」とそこに住むアーティストの印象を強く残すことになります。

 

(c) DUMBO Arts Festival

 

97年のイベントに手ごたえを感じたアーティストたちは、ダンボ地区在住者を中心に初の芸術系非営利団体「The DUMBO Arts Center」を設立し、1998年から2009年までのイベントを運営・開催。ここまでが、Dumbo Arts Festivalの第一時代でした。その翌年から、アートイベントとダンボ地区は、発展に向けてさらに大きく舵をきることになります。

 

「アートの街」として発展するダンボ

(c) DUMBO Arts Festival

 

転機がきたのは2010年。元々アートイベントのスポンサーだった企業が、イベントの費用のみならず運営も引き継ぐことになったのです。

 

(c) DUMBO Arts Festival

 

その影響から、作品も「街そのものをアート化する」ことができるようになってきます。

 

(c) DUMBO Arts Festival

 

地上では飽き足らず、水上にまでアートが進出しました。そしてアーティストたちのモチベーションを上げたのが、新たに設けられた「Bestプロジェクト」「Bestエキシビション」といったさまざまな賞や賞金。なかにはスタジオ(アトリエ)を1年間無料で使用できる賞もありました。

 

(c) DUMBO Arts Festival

 

そういった刺激や変化を経て、毎年秋に開催される「DUMBO Arts Festival」は地元のみならず、世界的に有名なアートイベントになっていったのです。

かつて廃墟だったダンボ地区は、アーティストたちが移り住み街をリノベーションしたこと、更にイベントで「アートの街」という印象をつけられたことで土地の価格にも大きな変化がありました。1970年代には1ft²(平方フィート、約0.09㎡)が6ドル以下だったダンボ地区の地価は、今では数字がつけられないほど高騰し、マンション(コンドミニアム)の1ft²あたりの家賃は1000ドルを超えるのだとか。

 

(c) DUMBO Arts Festival

 

なお、「DUMBO Arts Festival」は、2014年秋のイベントをもって開催を終了。けれどダンボ地区につくられたギャラリーや、そこに住むアーティストたちの中には「DUMBO Arts Festival」の精神は生き続けているので、いつ訪れてもその雰囲気を感じ取ることができるのではないでしょうか。

廃墟のような荒廃した状態から、ここまで街をリノベーションしたダンボ地区のアーティストたち。この街そのものが、彼らの作品なのかもしれませんね。

 

Via:
http://dumboartsfestival.com/
http://thebrooklynink.com/2013/11/05/53045-how-did-dumbo-become-dumbo/
http://www.artnews.com/2015/12/10/art-in-general-lower-manhattan-stalwart-will-move-to-brooklyns-dumbo-neighborhood-in-january/

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